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第拾壱話 Pretended×Loves×Automatic×Yoke 2

だから、これからも続けてあげよう。 可愛いキミの為に。

── 偽りの情と無意識の枷で織られた 「 芝居 」 を ──

朝の駅。

列車がホームに滑り込み、扉が開いて大勢の人間が降り立つ。 入れ違いに乗車する人の群が押し寄せ、乗り換えの乗客は向かいのホームに別の列車が停まったのを見るや、足早に階段を駆け上がっていく。 構内放送が列車の到着を、発車時刻を、停車駅を、遅れの発生を知らせ、駅員がすし詰めの車内に更に人を押し込まんと格闘する中、出発を知らせるベルが無情にも鳴り響く。 雑踏のこだまと、ふいん、との独特の音を伴って、列車がレールの上を滑るように走り出して一陣の風が人々の間を抜けた。

変わらない月曜の風景。

は外へ向かう人の波に乗って改札を抜け、歩いた。 青に変わった信号に横断歩道を渡り、葉を色づかせ始めた街路樹の下を、欠伸を噛み殺しながら進む。

後方からじりんじりんと歯切れの悪いベルの音が接近し、振り向くと同時に頭を軽くはたかれて笑われる。

「 って!」

「 コンビニ!」

「 コレットさん家の田舎プリン、三つ!」

自転車ですいと元を追い抜いた学友の一言に、元が一拍の間も置かずに商品の希望を伝えれば、相手は了解と手を振って大通りから延びる脇道へと自転車を滑らせていった。

元はその後ろ姿を目で追いながら脇道を通り過ぎて、バス路線を真っ直ぐに進む。 やがて見えてきた公園から始まる煉瓦敷きの歩行者専用道路へと進路を変え、春には満開の桜が見られる並木道の下を、同じ制服を着た者達の背中を見ながら歩いていく。

その時、ズボンのポケットに突っ込んでいた携帯のバイブレーションが起動し、送信者別に設定した着信音が流れて元にメールの着信を知らせた。 静かな歩道に出し抜けに響くラッパの行進曲に苦笑し、元は素早く携帯を取り出すと、ディスプレイで存在を主張する新着メールを開封する。

< アルバー!>

件名と共に、大型の黒犬が鼻面にクリームのようなものをつけ、無理矢理万歳をさせられている添付写真が、元の目に飛び込んだ。

「 何やってんだよ、レイの奴 」

アルバーの頭の後ろから覗く猫耳の帽子に、元は我が儘で生意気な小さな友人の顔を思い浮かべて笑う。 同時に、アルバーも大変だなと、飼い主に振り回されて困り果てた顔をしている犬に向かって呟き、メールの本文を読むべく画面をスクロールさせた。

< とっておきのプリンあげたのに、ひっくり返したからオシオキ!

記念にハジメチャンにも見せてアゲル! バカアルバー!

そうだ、カゼが流行ってるんだって。 でも、ハジメチャンってバカっぽいからカゼひかないよね?

ボクは心配だなぁ、バカじゃないから。

じゃーね! 遅刻したら絶交ダヨ!>

「 うわ~ ・・・・・・ 」

相変わらずレイと言う者を的確に表現しているメールの内容に、元は呆れ半分おかしさ半分で思わず声を漏らした。 けれども、表面では何だかんだと言いながらも ── 本人に言えば、真っ向から全否定してくるのだろうけれど ── こちらを心配してくれているのが分かり易い辺り、可愛い奴だと自然と顔が綻ぶ。

手早くキーを押してメールの返信をすませ携帯をポケットに押し込むと、元は終わりの見えてきた並木道の先へと、足取り軽く進んでいった。

珍しいこともあるものだ。

教室のドアをくぐって真っ先に視線をやった無人の机に、元は素直に驚いた。

いつもの様に公園を横断する並木道を抜けて出た、緩やかな坂道の続く大通りで横道から出て来る末葉を待っていたのだが、今朝は姿を見なかった。 一緒に登校しようと約束をしている訳ではないので、今までも登校時間がずれることは多々あって。 だから、今日は先に行ってしまったのだろうと、学友から受け取ったプリンの入ったコンビニ袋をぶら下げて教室へと急いだのだが ──

そこに、了の姿はなかった。

何度目か分からない席替えの末に、四月当時と同じ位置に舞い戻ってしまった自分の机に鞄を置いて、元は予鈴までの時間を確かめてから携帯を取り出した。 アドレス帳から宛先人を決定してメールの新規作成操作をし、件名入力画面に移動する。 そこでふと、今朝のレイからのメールを思い出して手が止まった。

「 ・・・・・・ 風邪?」

そう言えば、ドアを開けた時に見た教室内は心なしかいつもよりも空席が目立っていた気がする。 一度、元は顔を上げて教室をぐるりと見渡した。

雑談に興じるクラスメイト達。 出された宿題をやっていなかったと、ノートを写す男子生徒。 読書に徹する女子生徒。 校則で禁止されている携帯ゲーム機を持参して、一散に指を動かしている悪友。 ひたすら黙々と問題集と向き合う学級委員長。

予鈴までまだ若干の余裕のある室内は、この時間になっても登校してこない遅刻常習生徒達の空席があるばかりで、それは相変わらずの室内だった。 その中に、了の姿だけがない。

「 ・・・・・・ あれ?」

やはり風邪か、それとも末葉の姿もなかったところから見て両親が関係しているのか。 どちらにしても今日は欠席の可能性が高そうだと判断しかけて、元はもう一つ、教室内に珍しい空席を見つけて驚いた。

「 なあ、孝司来てねぇの?」

「 へ?」

隣席で漫画を読むことに集中している友人の肩を叩き、元は教室の一角を指差して簡潔に問うた。

「 考司だよ。 アイツがこの時間にいないって珍しくね~?」

「 ・・・・・・ あ、マジだ。 いねぇ。 遅刻?」

「 オレが聞いてんだけど 」

「 っかさ、藤咲もいなくねぇ? どうしたんだ、あいつ?」

「 分かんね~ 」

「 あ? 電番とメアド知ってんじゃないっけ?」

「 ン~。 だから、今からメールしようと思って ・・・・・・ 」

打ちかけの携帯画面をちらつかせた元の語尾に、予鈴のチャイムが重なる。 気がつけば教室内の空席は遅刻常習の生徒と合わせ四つだけになっており、それ以外の生徒は全てが各自の席に着いていた。 そして、わずかの間を置いて担任が姿を見せ、定位置の教卓に仁王立つ。

「 やっべ 」

じろりと室内を一睨みする担任に、慌てて携帯を机の中に放り込み、元は友人との会話を切り上げて鞄から勉強道具を出して平静を装った。

本鈴が鳴ってから来ればいいものを、現在の担任は五分前行動と言って憚らずに予鈴で現れ、そのままホームルームに突入するのだ。 生徒達はまだ休み時間の気でいても、担任にとってはこの瞬間から既に休み時間ではない。 そんな時間帯に携帯の使用が見つかれば、没収されるのは目に見えている。

平岡増田は欠席、藤咲は遅刻だ 」

ホームルーム開始の挨拶をして出欠を取った後、担任の口が簡潔に、現在この場にいない三人についての連絡をする。

その一瞬、室内がざわついた。

了の遅刻や欠席は両親のことを考えればそれ程珍しくはないが、片や皆勤を公言している平岡、片や遅刻はすれども欠席だけはしない増田の不在連絡には、当然の反応なのだろう。 元も隣席の友人と顔を見合わせて、内心で驚く。

珍しいこともあるものだ。

レイの言った通り、風邪が流行っているらしい。 了はどうだかは知らないが、案外末葉が風邪をひいてその看病で遅刻するのかもしれない。 普段の学校生活では片鱗も見せないが、了はあれで妹にはなかなかに過保護すぎるきらいがある。

元がそんなことを思っていると、ざわついた室内に静かにとの担任の渇が入り、続いて、月曜と言うこともあってか普段よりも長々と連絡事項が告げられていった。 それからホームルームが終了したのは、十分間の休憩時間開始を告げるチャイムとほぼ同時だった。

担任が去っていくと同時にざわめき出した教室で、元は携帯を机の奥から取り出して打ちかけのメールを削除する。

「 折角プリン買ったのにな~ 」

久々にロングヒットの兆しを見せる最上のプリンを見つけたと言うのに、共に食して幸せを噛み締める相手が遅刻では、授業開始前のプリンタイムが台なしだ。

独りごちて深く深くため息をつくのと、教室内のざわめきが波立ったのとが同時だった。 次いで、引く波のようにざわめきが失せ、変わりに細波のような音量を絞った囁き声が湧いて室内を満たす。

「 おい、元! 元っ!」

頭の後ろで腕を組んで天井を見上げていた元は、わずかに焦りの見える友人の呼びかけに視線を前方に戻し ── 何だと問う前に、目にした光景に驚きで動きを止めた。 一拍を置いて、元の座っていた椅子ががたりと大きな音を立てる。

「 リョウ! オマエ、それ ・・・・・・ どうしたんだよ!」

「 あ。 ・・・・・・ おはよう、ハジメ 」

「 おはよう、じゃね~だろ!」

つかつかと机の合間の通路を抜け、元は立ち上がった勢いそのままに登校してきた了に詰め寄った。 途端、了がたじろいで背をそらせる。 が、元はそんなことなどお構いなしに了の鞄を持つ左腕をつかみ、思ったことを素直に口に出した。

「 どうしたんだよ、その腕!」

「 ・・・・・・ え、えっと ・・・・・・ 」

言葉を濁らせ瞳を彷徨わせる了の右腕は、三角巾でつられていた。 臙脂の制服に、白が妙に痛々しく映る。 更に、制服の袖口からは明らかに真新しい包帯の色が覗き、ほのかに消毒液の匂いまで漂って痛々しさに拍車をかけていた。

酷い怪我をしたのだろうと、元ならずもクラス全員が思っているだろう。 それも、あの藤咲了が、と。 了が一体どんな返事をするのかと好奇心に引き寄せられて静まった室内に、了の声がゆっくりと遠慮がちに落ちた。

「 ・・・・・・ そ、その ・・・・・・ 寝惚けて、ベッドから ・・・・・・ 落ちちゃって 」

奇妙な間が、教室内を抜けていく。

「 お ・・・・・・ 落ちたぁっ?」

その中に元の頓狂な声が大袈裟な程響いて、静けさをぶち破る。

「 うん。 それで ・・・・・・ その、少し変に捻ったみたいで ・・・・・・ 」

少しの白けた空気の中、元に戻ったざわめきを背中に、了が自分の席に着きながら続きを口にする。 元は無意識に怒らせていた肩から力を抜いてへなりと腰を落とし、了の机に両肘をついて呆れ顔を突きつけた。

「 ・・・・・・ それで、コレか~?」

「 うん。 ・・・・・・ 驚かせたみたいで、ごめん 」

「 いや、だってよ~。 大袈裟じゃね? 誰でも驚くって 」

たかが、と言ってしまっては失礼かもしれないが、それでも了の話から推測するに、三角巾を持ち出す程の酷い怪我にはどう考えても結びつけられない。 そんな元の思いを読み取ったのか、元が心底から呆れた顔を見せるのに、了が苦笑した。

「 末葉が凄く驚いて、酷く心配してね。 ・・・・・・ 俺はいいって言ったんだけど、駄目だって。 それで ── 」

わずかに右腕の存在を主張させて、了の瞳が元を見下ろす。 その途端、元の脳裏にこの兄にしてこの妹ありか、との言葉が迷いなく浮かんできた。 この分では、末葉も了と一緒に遅刻したに違いない。

だが、了の言葉に安堵する一方で、元は了の言葉の歯切れの悪さと泳ぐ視線に不審を感じざるを得なかった。 それに、ただ捻っただけで湿布薬とは明らかに異なる消毒液の匂いがすると言うのも、何とも不自然だ。 加えて、少しでも動かすと痛むのか、単にしっかり固定してあるだけなのか。 右腕を一切動かさず左腕一本だけで鞄の中身を机の中へ移し替える様には、どうにも違和感を覚える。 じっと了の動きを目で追いながら、元は心の裡に不安が巣くうのを感じた。

それは、元の裡に了の言葉は嘘だとの直感的な確信を生ませる。 それでも、表面は安堵を装って笑顔を見せた。

「 あー。 末葉サンならやりかねないだろうな~。 あんまり心配かけんなよ、リョウ 」

「 ・・・・・・ うん。 ごめん 」

申し訳なさそうに頷く了の動きに合わせて、彼の長い前髪がさわりと動く。

── あれ?

それは、見慣れた何気ない仕草だった。 だが、その何気なさがなぜか酷く元の心に引っかかった。 意識する間もなく、元の手が了の前髪に伸びる。

「 ・・・・・・ にしても、リョウ。 オマエ、前髪伸びすぎじゃね~? 前が見えないだろ。 そんなんだからベッドから落ちるんだぜ、きっと。 髪、切れよ 」

からかい半分で笑う元の指が、了の前髪の一房に触れる。 瞬間、了の体がびくりと震え、はっきりと身を引いた。 元の指先から髪がするりと逃げていく。

── 何だ?

元の中に、何かが大きく引っかかる。

「 ・・・・・・ リョウ?」

「 ── あ。 ご、ごめん、ハジメ ・・・・・・ 」

見上げた了の顔、その右半分は幾房もの前髪によって完全に隠れている。 右目は疎か、頬すらまともに見えない。

四月に出会った当初、彼の前髪はこんなにも顔を隠していただろうか。

否。

── 前髪で顔を隠していただろうか ・・・・・・?

ぞわりと、心の中で言葉に出来ない感情が頭をもたげた。

── いつから ・・・・・・ 伸ばすように ・・・・・・ なった?

一瞬前の、了の行動がフラッシュバックする。

怯えて、身を引いた。

── 何から? 誰から?

「 ・・・・・・ ハジメ?」

呼び声に、元ははっとして無意識に下がっていた顔を上げた。 即座に謝罪する。

「 悪ィ 」

一体何に対して謝っているのかと、首を傾げた了にもう一度顔の前に手をやって謝り、そろそろ迫る授業時間に自席に戻ろうと落としていた腰を上げる。 一歩を進み ── 一瞬の躊躇の後、元は声音に少しの怒りを混ぜて了の耳元に口を近づけた。

「 目が腫れてたり、頬に痣とか ・・・・・・ あるんじゃねぇだろうな、オマエ?」

「 え?」

返ってきたのは、元の予想と異なる心底から驚いた了の顔。 そこには、先程の会話で見られたぎこちなさや後ろめたさは見当たらず、純粋な問いかけだけが現れていた。 それは、嘘をついていない明確な証拠。 元の思いは杞憂なのだと否定しているかのように、元には映って見えた。

「 ハジメ?」

きょとんとした了が、何、と言葉なく問いかけてくる。 元はすぐに笑みを灯すと、手を振って直前の言葉をかき消した。

「 ・・・・・・ いや、いいんだ。 気にしないでくれ 」

「 う、うん ・・・・・・ 」

了の言葉に、授業開始のチャイムが重なる。 元は急いで席に戻り、教科書とノートを開いた。

心に少しの蟠りを残したまま、学校での一日が、始まる。

取り出した携帯のディスプレイの片隅で、デジタル時計が時刻を告げる。

眩しい西日に目を細めて、元は学校から続く坂を下り、秋色の木々の茂る公園へと入っていった。 気の早い落ち葉が舞う遊歩道を進み、遊具と遊ぶ子供達が見えてきたところで黒い巨体が突進してくる姿に、思わず身構える。

「 アルバー!」

リードを引きずりながら、突進の勢いそのままに元へと跳躍してきた犬に向かって元はすっと腕を広げ、その胸に巨体を抱き留めた。 おん、と嬉しそうに一吠えしてアルバーは元の顔に鼻面を押しつけ、舌で顎先を嘗める。 ふさふさの尻尾がぱたぱたと嬉しさを表現してしきりに振られ、元は地面でくたりとするリードを手にすると、アルバーの頭を撫でて軽く叩いた。

「 オマエ、相変わらず元気だな~ 」

「 アルバーのバカ! いつボクが走ってイイって言ったのさ!」

長く伸びた影が元とアルバーにかかり、高い声がそれに続いた。 トレードマークの猫耳帽子が上下に揺れて、アルバーの頭をはたく。 途端にアルバーはきゅうんと鳴いて元にすり寄り、泣きそうに見える顔で元を見上げた。

「 こら、レイ。 駄目だろ~そんなに思いっきり叩いたら。 なあ、アルバー?」

「 モウ! ハジメチャンもバカ! どうしてアルバーの味方するのさ!」

「 味方って言うか ・・・・・・ 今のは、オマエが酷いだろ~ 」

「 だって、アルバーはボクの犬なんだモン。 飼い主の言うコト聞かないヤツにはオシオキするのは当然じゃん 」

ぷうと頬を膨らませて腕を組み、いいもん、とそっぽを向くレイに元はふわと笑ってレイの小さな頭に手を載せた。 叩くように撫でて通学鞄からコンビニの袋を取り出し、レイの目の前に差し出す。

「 ほらほら、そんなに拗ねるなって。 オレのとっておきのプリンやるから 」

「 またコドモ扱いするー! やめてよネ!」

そう言いつつもしっかりとコンビニの袋を受け取り、レイは顔を輝かせながら中身を確認する。 早速、がさがさと袋からプリンを取り出し、ベンチを探してきょろきょろと歩き出した。 そして、見当をつけたのか芝の上を駆け出してしまう。 元は足元でじゃれつくアルバーを制してその後ろに続き、今朝添付画像のアルバーに向かって呟いた言葉を本人に向かって零した。

「 オマエも大変だな~、アルバー。 毎度毎度、レイの我が儘につき合わされてさ 」

名前に反応したのか、半歩前を歩いていたアルバーが耳をぴくりと動かして円らな茶の瞳を元に向けた。 何か言いたげに舌で鼻面を嘗めて、けれど吠えることもせず、一度鼻をふんと鳴らして前を向く。 そこに、ベンチを見つけたレイの声が前方から届いた。

「 ハジメチャン、アルバー! コッチコッチ!」

「 ほら、行くぞ、アルバー 」

早速プリンの蓋を剥がして食べ始めているレイの隣に急ぎ、元はベンチの手すりにリードを引っかけると、レイの顔を横から眺めて笑った。

「 美味いだろ~ソレ 」

「 ネェ、ハジメチャン 」

「 ン~?」

「 オトモダチは? ボク、楽しみにしてたんだケド?」

不意に、笑みを消した表情でレイが問う。 大きな瞳には期待を裏切られた哀しみが漂い、元からも笑みを奪った。

「 昨日、連れて来るって言って、来なかったよネ?」

「 ・・・・・・ 悪ィ。 用事があるって断られたんだ、今日も 」

忘れていた訳ではないが、アルバーやレイの前では何事もない風を装おうとしていた元の仮面が、いとも簡単に崩れた。 末葉が心配するからと、放課後の誘いを断られたことが強く思い出される。

まるで元を避けるようにして、歯切れ悪く下手な嘘をついた、了。

思わず、深い溜息が出る。

「 ・・・・・・ ツマンナイの。 ハジメチャンのオトモダチなら、きっと面白いヒトだろうなって、アルバーともたくさん話してたのに。 ネェ、アルバー 」

「 ・・・・・・ ゴメンな。 今度は連れてくるよ 」

「 絶対?」

すぐさま切り返された言葉に、元は一瞬言葉を詰まらせる。 それを捉えて、レイがいつもの調子で一言を突きつけた。

「 ケチ!」

レイの頬が膨らみ、そっぽを向いてしまう。 元は苦笑し、両手を合わせて顔の前に持ち上げてレイを拝んだ。

「 分かった分かった、努力するよ 」

「 ホント?」

「 ホントホント 」

「 怪しいなぁ ・・・・・・。 ンー。 じゃあ、仕方ないからハジメチャンのオトモダチが絶対遊べる日に、ボクが合わせてアゲル 」

コレなら大丈夫でしょ? 心底から仕方がないと言った表情を見せて、レイがわざとらしく大きなため息をついてプリンを頬張る。 もぐもぐと咀嚼して、飲み込むと同時にふといいことを思いついたとでも言うように顔を輝かせた。

「 ネェ! ハジメチャンのオトモダチって、どんなヒト?」

「 エ?」

通学鞄から取り出したペット緑茶を飲んでいた元は、レイの突然の問いに間の抜けた言葉しか返せなかった。 飲むか、とレイに緑茶を差し出しつつ、レイが同じ言葉を紡ぐのを聞く。

「 だから、ハジメチャンのオトモダチ。 どんなヒトか教えてヨ 」

言われてから、そう言えばレイには了のことを何も教えていなかったことに気づいて、元は頭をかいて視線を上方へ向けた。

どんな奴か ──

「 そうだな~。 オレに、少しだけ似てる 」

「 ハジメチャンに?」

「 顔じゃねぇぞ? 何てったらいいかな~。 ・・・・・・ ちょっと前のオレみたいな奴なんだよ、ソイツ 」

「 チョット前のハジメチャンって? よくワカンナイ例えで話さないでヨ!」

緑茶を無遠慮に飲み干して、空になったペットボトルだけを元に返したレイが、眉をハの字にしてもうと拗ねる。 だが、次の瞬間には再び仕方ないと言いたげな顔になり、レイから質問が飛んだ。

「 そのヒトの名前は?」

「 リョウ 」

「 ・・・・・・ ヘェ ・・・・・・ 」

「 あ、オマエにも少し似てるかな 」

「 ボク?」

「 オマエの目の色、アイツと同じなんだ 」

「 ホント? うわー! ボク、同じ目の色した人と会ったコトないんだ!」

「 ・・・・・・ 大人しいし、口数も多いって訳じゃねぇし、みんなに色々と誤解されるところがある奴なんだけどさ、根は凄くイイ奴だし、一緒にいると面白いんだ。 飽きね~よ。 オレの一番の親友 」

その、筈だ。 少なくとも自分はそう思っている。 そうなれると信じている。 けれど ──

無意識の内に元は口を噤み、今朝の了を思い出して考え込んだ。

高校入学前の了を知る友人から、聞いたことはある。 そう言うことはあったのだと。 高校に入っても、恐らくはあったのだろう。 今は ── 少なくとも、元が了と同じクラスになってから今日までは、それらしいものを見たことはなかったけれど。

なぜ、今頃になって。 それとも、それらは全て元の思い過ごしなのだろうか。 けれども、今朝の了の態度からはそう思わせない何かを感じさせて仕方がない。

「 ハジメチャン?」

「 ・・・・・・ アイツ、いじめられてんのかもしれねぇんだよな ・・・・・・ 」

「 イジメ?」

思わず零してしまった言葉に耳聡くレイが反応し、首を傾げて覗き込むように元に真っ直ぐな瞳を向けた。 元がしまったと口を手で覆ってみても、時既に遅し。 大きな瞳が瞬いて、不思議なものでも見る表情で深く首が傾ぐ。

「 ハジメちゃん達くらい大きくなっても、そんなコトするの?」

「 ・・・・・・ 大きくなったって、人は人だからな~。 泣きも笑いもすれば、怒ることもあるし恨むこともある。 いじめってのもそんなものの一部で、会社に入った大人にだってあるんだ。 大きくなったからって、そう簡単になくなるもんじゃね~んだよ。 ・・・・・・ 悲しいけどな 」

「 じゃあ、助けてあげなきゃ、ハジメチャン!」

真っ直ぐなレイの一言に、元はくしゃりと相好を崩した。

「 だって、オトモダチなんでしょ? オトモダチなら、助けてアゲルのはフツーだよ 」

「 ・・・・・・ 助ける、か 」

「 リョウチャンも、ハジメチャンに助けてって言えばいいのにネ、オトモダチなんだもん。 どうして言わないのカナ?」

「 そんなに簡単に言えるようなことだったら、最初から言ってるさ、アイツは 」

言ってしまってから、元を不安が掠める。 本当にそうだろうか、と。

了がいじめを受けていたとして、彼は打ち明けてくれるだろうか。 自分に助けを求めてくれるだろうか。

こちらが気づかなければ、問いつめなければ、了は決して口を割らないのではないだろうか。

不安が、渦を巻く。

親友だからと言っても、打ち明けられることと打ち明けられないことはある。 触れて欲しくない話題もあるし、その為に仕方なく嘘をつくことだってある。 けれども、そんなことでは拭いきれない壁が、とても薄いけれど確かに存在する壁が、深い深い溝のように横たわっている気がする。

「 ネェ、ハジメチャン?」

「 ン~?」

事実をありのままに映す鏡のように感情を読ませない瞳が、元を覗き込んで一言、告げた。

「 オトモダチって思ってるの、ハジメチャンだけだったりして 」

その言葉はまるで元の心中を見透かしたようで、不安が一層濃い影を元の中に落とす。 だが、じっとこちらを見つめるレイの口の端がわずかに上がるのを目にして、元は眉を中央に寄せて口を曲げた。

「 レイ。 ・・・・・・ そう言うことは冗談でも言うな。 怒るぞ 」

「 エー! 怒るぞって、もう怒ってるじゃん、ハジメチャン 」

「 レイ 」

ちゃかすレイに元が声のトーンを落として口を開けば、レイはたちまちしゅんとして元を視界から閉め出した。

睨む元と俯くレイ。 二人の間を、公園で遊ぶ子供達の明るい声が通り過ぎていく。 風が吹き、レイの前髪をさらって表情を隠す。

どれだけの沈黙が流れたか。 しばらく背けた顔をアルバーに落としていたレイが、ふいと元を真正面に捕らえると、ベンチから勢いよく立ち上がり深々と頭を下げた。

「 ゴメンね、ハジメチャン。 ゴメンナサイ。 今のは、ボクが悪かったヨ。 そうだよネ、こんなコト冗談にしちゃダメだよネ。 それに、ハジメチャンのオトモダチだもん。 そんなコトないよネ 」

初めて見せるレイの殊勝な態度と言葉。 珍しさに思わず驚いて目を丸くした元は、次いで、そんなレイから発せられた言葉に自分の中に巣くう不安が薄れていくのに気づいて、夕陽を浴びて立つレイを眩しそうに見つめた。

我が儘も生意気も、純粋さの裏返し。 本当はどこまでも素直なレイの言葉に救われた自分の心。

柔らかく微笑んで、元はレイに手招きをした。 ぴょこぴょこと寄ってきたレイの脇に両腕を差し入れ、体を掬う。

「 ハジメチャンッ? ナ、ナニするのさ!」

「 オマエ、軽いな~。 ちゃんと食べてるか?」

「 もう! 放してヨ!」

くるりと体を回転させてベンチに座る元の膝の上にレイの小さな体を乗せると、元は腰に両腕を回してレイの体を固定し、悪戯な笑みを浮かべて猫耳帽子に顎を埋めた。 わざと体重をかけると、レイの頭が前方に沈んでむうと唸る声が届く。

「 重いー! 恥ずかしいー! 放せー!」

「 子供じゃないんだろ~? 暴れるなんて大人げないぞ?」

「 卑怯ダヨ!」

「 うわ、卑怯なんて言葉知ってるのか!」

「 またバカにするー! もう! やっぱりハジメチャンはバカだ! もうキライ! バカバカ! 絶交してやる!」

きーきーと喚く腕の中のレイをどうどうとあやしながら、元は独白に誓い音で一言を零した。

「 オマエは、凄いな ・・・・・・ 」

真っ直ぐに信じて、真っ直ぐに見て、真っ直ぐに歩いて。

「 あーもう! ハジメチャン、ボクのリュックの中にあるモノアゲルから、放して!」

痺れを切らしたのか諦めたのか、レイが抵抗をやめて変わりに自分が背負うリュックを元の腹に押しつけた。 見れば、リュックに入るギリギリの大きさの物なのだろう、リュックの上部が妙な具合に出っ張りを作って荷物の存在を盛大に主張している。

「 ボクのおっきなオ兄チャンから貰ってきたんだ。 ハジメチャンにアゲル 」

「 オマエの兄さんから? ・・・・・・ 貰ったって言いながら、また勝手に取ってきたんじゃないだろうな?」

「 今度はそんなコトしてないヨ。 オ兄チャンが、どうぞってボクにくれたんだモン 」

蝙蝠の羽根が両側についたリュックの口を開け、お菓子を底辺に敷き詰めた中に飛び出している、厚みのある茶封筒を取り出した元が訝しげな声を上げれば、レイは心外だと口を尖らせた。 元が封筒を取り出したのを確認すると、また捕まっては堪らないとでも言いたげに素早く元の膝から飛び降りて、元に向き合う。

「 それじゃ、ボク、帰るね。 おいで、アルバー 」

ベンチ横に設置されたゴミ箱にプリンの容器をぽいと捨てて、レイが笑った。

「 もう帰るのか?」

「 だって、アルバーの散歩の途中なんだモン。 帰りが遅くなったら心配するでしょ?」

「 送ってってやろうか~?」

「 イイヨ。 お使いも頼まれてるから 」

「 そっか。 じゃあ、気をつけて帰れよ~ 」

「 ハジメチャンもネ!」

「 またな~ 」

ばいばい、と手を振り、退屈していたアルバーに引きずられるようにして小さくなるレイの後ろ姿に、元もまた手を振って別れを告げた。

「 助ける、か ・・・・・・ 」

暫く振っていた手を下ろし、見つめて零す。

「 そうだな、レイ。 ・・・・・・ 助けて、やらなきゃな 」

確かめるように噛みしめるようにくすぶる迷いを振り切るように呟き、ベンチから立ち上がる。 飲み干されてしまったペットボトルをゴミ箱に放って、元もレイとは逆の方向へと足を向けて公園を後にした。

高層建築群の向こうへ沈もうとしている夕陽は真っ赤に燃えて、空を血の色に浸していた。

くすり、と嗤い声が闇に落ちる。

「 可愛いなぁ、ハジメチャンは 」

もっともっと深く悩んで、了チャンともっと仲良くなるといい。 その為に、ボクが傍にいてあげよう。

そうして、ボクの優しい言葉でキミを愛してアゲル。 キミを苦しめてアゲル。 悩ませてアゲル。

だから、これからも続けてあげよう。 可愛いキミの為に。

── 偽りの情と無意識の枷で織られた 「 芝居 」 を ──

Pretended×Loves×Automatic×Yoke 2

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いいんじゃない?いいねいいよいいよーGJ !最高 !!
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2007-01-05 00:00
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original / 『 Contract×Killer 』 / 小説 / 本編
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