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第九話 『 Bright×Utterance×Diurnally×Duet×Yield Side:R 』

互いの言葉が日毎に対話を生んで ──
いつか、「 友達 」 になれるかな

一瞬、周囲の空気が張りつめる。

覆い被さるような前傾姿勢からの双眸が鋭く前方の一点を見据え、刹那の静止のあと、右腕が勢いをつけて動いた。

── こんっ

小気味よい音がグリーンを滑り、クラッカーのように音と色が弾ける。 元の視線の先、数字の描かれたカラーボールが数個転がり、たちまちテーブルの隅に作られた穴の中にそれぞれ吸い込まれて消えていった。

「 っしゃあ!」

「 あああ!」

途端、上がったのは拳を突き上げた元の勝利の叫びと、頭を抱えた友人の敗北の声。 そして、いつの間にか出来てしまったギャラリーの拍手と歓声。

「 元! てめぇ、俺の持ち玉集中攻撃しやがってよー。 ヨツ打てっつーんだよ、ヨツ!」

「 お~お~。 負けたヤツはさっさと抜けろよ~、ハギ 」

指を突きつけて非難する友人に対し、元は肩を竦ませぞんざいに手を振って追い払う。

「 手加減しろっつー んだよ、クソプリン 」

「 弱いヤツが悪い!」

得意げな笑みを振りまいた元が、キューを片手にに挑戦的な視線を向けてくる。

「 どうよ、リョウ。 オレが本気出せばこれくらい ── 」

「 惜しかったね、ハジメ 」

了の隣でゲームを見ていた、ヨツと呼ばれている友人の一人、吉堂が意味ありげな笑みを浮かべるのを横目に小さく苦笑して、了は元の手前でキューを構えた。

「 どう言うことだよ、リョウ?」

吉堂の表情に気づいていないのか、元は了の言葉に不思議そうな顔をして、訝しげに問いかける。 少しだけ不満そうな顔なのは、こちらが元の思った反応を示さなかったからか。 それがまた少しおかしくて、無意識に了の口の端が上がり眉尻が下がる。

「 リョウ?」

了は再び名を呼ぶ元の声をわざとやんわり無視すると、テーブルに広がる手玉と的玉を見やり、すっと姿勢を低めて流れるような動作でグリーンに直線を引いた。 たちまち、クッションに当たった手玉が鋭角に跳ね返りざま的玉のいくつかをはじき飛ばし ──

「 げ ・・・・・・ 」

元の呆然と漏れた声が、狙った的玉がポケットに入って消えたテーブルを見る、了のすぐ傍で零れた。 悔しがっていた元の友人、高萩の表情が一瞬でそら見たことかと言わんばかりのものになり、周囲には再びの歓声が沸く。

「 ナイス、藤咲!」

「 よかったなぁ、ハギ! 元が今日のゲーム全部奢ってくれるぜ!」

「 ・・・・・・ は?」

吉堂の笑いを堪えながらの言葉に、元と高萩、二人が同時に怪訝な声を出す。 特に元は、了に負けたとは言え最下位ではないのにと、納得のいかない顔で吉堂と了を交互に見やる。 その寄せられた眉根に元が真剣に悩んでいるのを見て取り、了は込み上げてくるおかしさを堪えきれずに口元が弛むのを感じた。

慌てて口元を引き結ぼうとするが、その時には目敏い元の視線に射抜かれて逃げ道を失い、どう言うことか説明しろとの無言の圧力がかかる。

「 ・・・・・・ えっと ・・・・・・ ハジメ、さっきのだけど ・・・・・・ 打った時、片足が浮いていたよね?」

「 片足浮くのはファールじゃねぇだろ?」

控えめな了の発言に、元はさも当然との返答を寄越す。

「 普通はそうだけど、ゲームを始める前に ・・・・・・ 」

「 普通じゃ面白くねぇから、『 片足もファールで、ファールやったヤツは即負けのゲーム奢り 』 」

「 ・・・・・・ って、ハジメがルール提案してきたよね?」

忘れた? とこれまた控えめに聞いてみれば、元は自分の過去の発言を思い返しているのか了達の見る前でしばらく無言で立ち尽くし ── そうかと思った次の瞬間、了の肩に強い力がかかって元の顔がすぐ傍に迫る。

心なしか半眼になった元の見慣れた顔が、一度、はっきりと瞬いた。

「 リョウ ・・・・・・ オマエ知ってたんだよな? オレの足が浮いてるの、見てたんだよな?」

少量のドスの利いた低い声が至近距離から放たれて、了は反射的に身を引いて頷いた。

こんな時の元は、正直に怖いと思う。

流石、以前荒れていたと本人が言うだけのことはあって、本気でないと分かってはいても、普段見慣れた元から受ける印象とは懸け離れた姿に、どうしてもわずかな恐怖が胸のに湧いてしまう。 元と知り合って半年はとうに経たのに、いまだに彼が時折見せるこの雰囲気に、了は慣れない。

「 じゃあ何で言わなかったんだよ?」

「 ・・・・・・ ヨツさんは黙ってろって顔だったけど ・・・・・・ 一応、俺は言おうとしたよ?」

「 言えよ! 言っとけよ! ソコは教えとくところだろ~!」

「 でも ・・・・・・ 言おうとしたら、気が散るから話しかけるなって ・・・・・・ 言ったよね、ハジメ?」

それも、何をそんなに必死になって ── と言うよりは躍起になっていたのか、今にも噛みつかんばかりの形相で。

はたりと元の動きが止まり、表情に起伏がなくなる。

「 ・・・・・・ オレ?」

「 ・・・・・・ そう。 ハジメが 」

だから、黙る以外に選択肢がなかったのだと遠慮がちに答えれば、今度こそ元は明後日の方向に視線を向けたまま放心し、次第に項垂れて床に崩れていった。 周囲では、元のことをよく知っているのだろう、ギャラリーの一部と吉堂達が自爆だ何だと元を指差して笑い合い囃し立てて、一気に室内が賑やかさを増していた。

「 四ゲーム目終了! 藤咲三連勝、元反則負けの奢り決定!」

「 ハナから無謀だったっつーんだよ 」

「 だよなぁ。 強いっても戸塚さんに勝ったことねぇし、戸塚さんよりも強い藤咲相手にしたら、普通勝てるなんざ思わねぇぜ?」

「 地区チャンプなんだろ、藤咲って?」

湧くように広がった声に了の視線がそちらを向けば、何人かの自分へ向けた賞賛の声が耳に入ってくる。 同時に、元の名も。

「 やっぱさぁ、ハジメちゃんプリンばっかり食べてるからぁ、頭の中がプリンになっちゃってんじゃないの~?」

外見はプリンちゃんだし、もう完璧ってヤツ~?」

「 食べても全然美味しくなさそーだけどぉ!」

そう言えば、この店は元や彼の友人の溜まり場で、店のオーナーも少し前は随分と警察に世話になった知人なのだと、元が言っていた。 つまり、今この場にいる殆どが ── 普通ならば他人への迷惑として注意されるべき喧騒を生み出している人達が ── そう言う間柄なのだろう、元と。 そしてこの場は、そう言う空間なのだろう。

── 自分には、望めない程に。

周囲の賑やかさに反比例するように、唐突に了の中で楽しさが消え失せた。

自分を見下ろせば、その存在が場違いに思えて顔に陰が差す。 キューを握ったままの手元に視線を落とせば、長い前髪のせいだろうか随分と濃い影がそこに落ちて ──

刹那。

「 ── おい、リョウ 」

地獄の淵からの声とばかりに沈みきった元の声が、彼の腕と共に背後からぞわりと這い上がって了の首に巻きついた。 途端に体が驚きと恐怖に硬直し、視線だけで背後を探れば、真横に不穏な空気をまとった元の顔がある。

「 ハ、ハジメっ?」

「 なあ、リョウ? 今度は ・・・・・・ 」

元の行動にただならぬものでも感じたのか、波が引くようにざわめきが一気に消え失せ、すぐ傍にいた高萩が咄嗟に元を制止しようと肩に手を置いて口を開きかける。 しかし、それよりも前に元の体が反転して了の前に回り込み、顔の前で両手が勢いよく打ち合わされた。

「 普通にゲーム、しねぇ?」

まるで了を拝むように下げられた頭が上がった時、そこには最前までとは打って変わって、なんとも情けない元の顔があった。

「 ── え?」

目の前の状況に頭が追いつかず、思わず聞き返してしまう。

「 ダメか?」

「 いや、その ・・・・・・ 」

「 なぁ? いいだろ? いいだろ~? ダメ? オレのプリン食わねぇ?」

── 思わず、噴き出した。

それが合図だったかのようにギャラリーもどっと湧き、先程よりも屋内に賑やかさが溢れる。 その中で一人、元だけが笑われたことに対して、先程まで散々彼を笑っていたことに対して声を荒げるが、その声に本気の怒りは微塵もなく、純粋な笑いだけがその場を支配していた。

先刻までの了の暗い思考を吹き飛ばすのに充分な程の、明るい笑いが。

── 楽しい

そして、嬉しい。

了は恥ずかしさに顔を赤らめて言い合う元と友人達の姿に、もう一度、今度は声を上げて笑った。

「 笑いすぎだぞ、リョウ!」

「 あ ・・・・・・ ご、ごめん。 でも ・・・・・・ 」

おかしくて、楽しくて、驚いてしまう。

こんなにも素直に笑える ── そんな自分がいることに。

学園理事の父親、政治家の母親 ── その社会的地位の高さ故に、メディアに姿を現すことが少なくない両親。

そんな両親を持つ自分への周囲の反応は、大人はともかく、幼い頃は純粋な驚きと憧れ、そして子供らしい無知が故の羨ましさだけだった。 そしてその頃はまだ、自分にも友人と呼べる者がいて、よく笑っていたように思う。

けれど、学年が上がるにつれて知識が増え知恵をつけるようになると、周囲の反応は目に見えて変化をきたした。 以前は友人と呼び合える関係にあった者もいつしかその他大勢へと取って代わり、それと入れ替わるようにして近づいてきたのは、浅慮で安易な下心を携えた者達。

幼等部から大学院までを運営する聖陵学園理事の息子 ── 藤咲了。

その頃からかもしれない。 今まで特に意識することのなかったその代名詞が、僕に少し重くのしかかってきたのは。

「 理事の息子 」 と言う立場が暴力に発展することを避けてくれはしたけれど、よくある所謂 「 いじめ 」 と言う行為は、僕がどうあっても屈しもなびきもしないと分かると、徹底的に陰湿なものに変わった気がする。

それでもこちらが平然としていると、流石に飽きてきたのか、次第に近づく者は減っていった。 そうして中学を卒業する頃になると、小学部からの持ち上がりの生徒ばかりの環境では、もう誰も僕に特別関心の目を向けることもなく、ようやく自分の存在が集団の中に埋没した気がして密かな安堵感を覚えた。

それでも、それはほんの一時。

中学を卒業し高校に入ると、外部からの入学者にいっせいに物珍しい視線を投げかけられ、再び何かと理由をつけては近づいてくる者が増えた。 それも、男女の別なく。

彼らは中学の時程あからさまではなくて、交わされる会話は全てが社交辞令。 言葉に嘘はないけれど本心もなく、当たり障りのない平坦な話題ばかりが飛び交った。 知らない者から見ると友人と見られるような笑えることもあったけれど、いつも目に見えない場所が冷え切っていた。

時折痺れを切らした何人かが一対多数の場を設けてくることはあったけれど、そこでも 「 理事の息子 」 は彼らに躊躇いを生ませるのに充分な効力はあって。 時には反対に、つけた知恵が 「 理事の息子 」 を上手く利用してくることもあったけれど、そう言うものも全て、結局は少しの忍耐を要求されるだけで物事は流れて過ぎ去っていった。

何人も、何人も。 その中で、本当に友人と呼び合える間柄になれた人がいたかどうかは ── 知らない。

── なあなあ、藤咲!

だから、高校二年の最初の日、そうやって声をかけてきた元のことも、最初はそう言う者の一人だと思った。

帰ろうとしたところを呼び止めるのは、彼らの常套手段だったから。

「 ・・・・・・ 何?」

半ばうんざりしながら答えつつ、次に来るだろう言葉を予想して構え、それに対する自分の返答を用意する。 それなのに、元は予想を裏切る言葉を口にしてきて、本当に驚いた。

── “ハジメ” と “オワリ” で、オレら親友になれそうじゃね~?

正直、何を言われたのか分からなかった。 素直に、戸惑った。

次に、何を言っているのかと疑問が後から後から湧いてきて、その時は曖昧な受け答えしか出来ずに終わったけれど、元のその一言は今までの中で一番 ── 僕の心に残った言葉だった。

何かを期待したのかもしれないし、ただ単純に、新手の面白い手口だと思ったからなのかもしれない。

それから毎日、元はしつこいくらいに話しかけてきて、始めに感じた戸惑いが次第に、恐怖に代わっていった。

決して 「 理事の息子 」 として見ない元。 決して何かを強要しようとしない元。 決して末葉に言及してこない元。 決して両親の話題を持ち出さない元。

何もかもが今まで僕に近づいてきた人達とは違って、とても怖かった。

それが元の性格なのか、自分には必要以上に明るく見える振る舞いが、その裏に何かを隠し持っていて僕が引っかかるのを今か今かと待ち構えているんじゃないか ── 元が何を考えて近づいてきたのか、まるでその真意が探れず、怖かった。

── 今、元にそんなことを言ったら ・・・・・・ 彼はどう思うだろう?

「 なあ、リョウ。 オマエもプリン食うだろ?」

ひとしきり笑ったところで、元がどこからともなくプリンを取り出してこちらへ歩み寄ってくる。 見れば、高萩と吉堂もそれぞれ手にプリンを携えて元の隣を歩いていた。 それも、違う種類のプリンを。

「 やっぱ、ビリヤード楽しんだあとはプリンに限るよな~ 」

「 何それ?」

また笑い声が自然と出て来て、了の手の中に、一体今までどこに置いていたのかよく冷えたプリンが落ちてくる。

「 出たぁ! 三馬鹿プリンがプリン食べるよぉ、みんな!」

「 ・・・・・・ 三馬鹿プリン?」

「 あれ? 知らないの、フジ君? ハジメとサトルとツヨシの三人って、ウチらの間でいっつもプリン食べてるのね、だから三馬鹿プリンって言うの 」

談笑の輪の中から抜けてきたお喋り好きそうな少女達の言葉に、思わず了は美味しそうにプリンを食べる元達と手の中のプリンを交互に見てしまった。 と、不意に手元からプリンが消え去る。

「 藤咲、食わねぇんなら貰うぜ!」

「 ツヨシ、アンタねぇ!」

プリンの行った先を見やれば、吉堂が片手に空のプリン容器、もう片手に了のプリンを持ち、少女の非難を受けていた。 かと思えば、了の見る前で二人は仲良くプリンを食べ始める。

「 あ~ぁ。 何やってんだよ、リョウ。 せっかくのオレのプリンを ・・・・・・ 」

「 あ ・・・・・・ ごめん 」

「 まあ、いいけどな~。 あとでヨツには、駅前のコンビニでプリン奢らせるさ 」

あのコンビニのプリンは外れがないんだと嬉々として語る元に、了は感心と呆れを半々にした声音で、改めて思ったことを口にする。

「 本当にプリン好きだね、ハジメ 」

「 おう!」

そして返ってきた簡潔な一言は、了の予想した通りのもの。

それは、自分が笑えることの次に嬉しいことだと、元は知っているだろうか。

「 ・・・・・・ ねえ、ハジメ 」

「 ん~?」

── 君に、一つだけ望んでも ・・・・・・ いいかな?

「 ・・・・・・ ごめん。 何でもない 」

ずっと小さい頃には簡単に出来たことが、今はこんなにも難しい。

どうやったらそうなれるのか、よく分からなくなっているなんて、おかしいかもしれない。

言い出すことに勇気が必要なのは、こんな時だっただろうか。

「 何だよ、それ? 言いかけてやめんのって、気になるだろ~?」

「 いや、本当に、たいしたことじゃないから 」

── でも、ハジメなら、信じられそうな気がするんだ。

「 あ! そう言えばオマエ、何でオレの負けが決まってたのにオレの持ち玉全部落としたんだ?」

「 え?」

「 さっきだよ、さっき。 オレの負けだって言えばすんだだろ?」

「 ああ ・・・・・・ それは ・・・・・・ ノリ、かな? 何となく、落としちゃおうかなって 」

そんなことをやったのも、元が相手だから。

軽い気持ちでこんなことを言えるのも、元だから。 元なら、拒否せずに言葉を受け止めてくれるだろうから。

「 ── リョウ ・・・・・・ オマエ ・・・・・・ 」

プリンをすくう手が止まって、元の双眸がゆっくりとこちらを、恨めしそうに見てくる。 そして、そんな元にその次を期待する自分が、確かにここにいる。

── 僕がなくしたものの一つを、与えてくれるんじゃないかって。

「 ── やっぱ勝負だ勝負! 次は絶対オレが勝つぞ! 絶対勝つ! そしてオマエに奢らせる!」

「 え? まだやるの、ハジメ?」

「 ヨツ! ハギ! もうワンゲームするぞ~! 今度はリョウ対オレら三人で!」

「 え ・・・・・・ ええっ!」

── こんなに、言葉を交わし合うことが出来るようになったのだから。

だから ── ハジメ

互いの言葉が日毎に対話を生んで ── いつか、「 友達 」 になれるかな

俺と、君と。 君の仲間と。

いつか。

Bright×Utterance×Diurnally×Duet×Yield Side:R

Data Information

WebClap
いいんじゃない?いいねいいよいいよーGJ !最高 !!
Date
2006-08-08 00:53
Category
original / 『 Contract×Killer 』 / 小説 / 本編
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