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第八話 『 Blue's×Utterance×Diurnally×Duet×Yield Side:H 』

互いの言葉が日毎に対話を生んで ──
大丈夫、「 親友 」 になれるさ

── なあなあ、藤咲

短く何の変哲もないそれが、元まりの一言だった。

人と言うのは兎角興味本位の噂が好きで、特にマスメディアが取り上げて微に入り細を穿って報道される男女関係などには不要な程の興味を示し、深く知りたいと言う欲求を満たす為、時に想像力を総動員させる。 それは多少の差異はあっても老若男女に共通の事項で、身近にネタになる話題があれば、誰も彼もがいっせいに飛びつく。

そして、往々にして一時の熱が冷めるか、自分には身近でないと感じれば忘れ去られる。 またその逆に、忘れ去られたものでも、ふとしたきっかけで再び火がついたり身近に感じた時には、否応なく衆目が集まる。

だから、その年のその日 ── 財団法人聖陵学園高等部入学式当日 ── 入学した生徒の一人に集まった噂好きの人々の視線の数は、尋常ではなかった。

藤咲  ── 幼等部から大学院までを運営する聖陵学園理事の息子。

高等部からは、当然ながら外部の中学からの入学者も大勢存在する。 人の多さに比例して、一体どこから話を聞きつけてきたのか、一目その姿を見ようとする者は後を絶たなかった。

その中には、恥ずかしながら、噂好きの友人のお陰で事前情報をこれでもかと含まされた自分も ── いた。 けれど、同じクラスになることもなく、外部からこの学園に初めて入った自分にとって、藤咲了と言う人間は、結局のところ遠巻きに芸能人を見る通行人のような感覚で、「 理事の息子 」 それだけの人物でしかなかった。

ただ、周囲の一方的な見方でしか理解されていないだろう姿に、中学時代の自分の姿を無意識に重ね合わせ、わずかばかりの同情と親近感を覚えた。

けれど ── その時はまだ、本当にそれだけだった。

そして、その日。 入学式からちょうど一年が経とうと言う頃。

生徒用通用口の脇に掲示された名前の羅列を見上げて、その名前があったことに奇妙な喜びを感じた。

出席番号順に記載された、自分とソイツの名前 ──

陽渡 

藤咲 了

だから、思い切って声をかけてみることにした。

ホームルーム終了のチャイムの残響を残した教室で、ざわつき始めたその場所で、気負うことなく。

「 なあなあ、藤咲!」

「 ・・・・・・ 何?」

「 “ハジメ” と “オワリ” で、オレら親友になれそうじゃね~?」

── 感情表現に乏しそうな、少しだけこちらを警戒している白皙の顔が呆気にとられて自分を見ていたのを、なぜだか、とてもよく覚えている。

つい先日まで抜けるような青天が広がっていた空は、今は湿り気を帯びた雲に一面を覆われていた。今にも雨が降り出しそうな天候の、元は駅前から続くアーケード街の車両進入防止柵に腰を預け、傘を持たない手を所在なげに見下ろす。

「 折り畳みでも、持ってきときゃよかったかな~ 」

これから行く場所に到着するまでに、降り出さなければよいのだが。

連日のバイトの疲れが溜まっていたのか、慌てて家を飛び出してきた自分の行動を少しばかり呪う。

参ったと地面に視線を投げ出して、元は頭を掻く。 同時に視界の端に傘の先端が食い込み、穏やかな声が元の耳朶に触れた。

「 ハジメ 」

顔を上げれば、相変わらずのりの利いた品のいい服を着こなす親友の姿に出会う。

最初の内こそ、校内で見る姿とさほど変わらない私服に驚いたものだが、今ではそれが彼らしさなのだとすっかり慣れてしまった。 それに、服装のことを言うならば自分も似たようなものだろう。 こちらは、学校で見る姿と百八十度以上も違うと言う意味で、ではあるが。

「 よ~、リョウ 」

手を振り柵から体を起こした拍子に、チェーンが腰元で音を立てる。

「 悪ィな。 何か用あったんだろ、今日 」

「 大丈夫だよ。 いつものことだし ・・・・・・ ハジメがそんなに気にすることないから 」

遊びに誘った当初、逡巡していたことを思い出して軽く詫びれば、わずかに困った色を乗せた笑みがこちらへ向けられた。 瞬間、その表情の意味を悟って元は平気を装いながら言葉少なに返す。

「 ・・・・・・ そっか 」

火のない所に煙は立たぬ。

了の両親が不仲で自宅にも帰っていないらしいと言うありがちな噂は、噂通りの現実なのらしい。

らしい、と言うのは、はっきりとこちらが了の口からそうだと聞いていないからなのだが、今までのつき合いの中で、了が隠すように困った顔をする時は大抵が家族と ── とりわけ両親と ── 関係のある話題が、間接的にでも話に上った時だと言うことに、元は気づいていた。

普段の会話で、妹である末葉に話が及ぶことは多々あるが、それ以外の家族的な話題を了は意図的に避けている。 元も元で、家族のことを殊更他人に話そうとは思わなかったし、一人暮らしのせいかそう言った話題に及びにくいこともあって、互いの間で家族についてはまるで示し合わせたかのように話題に上らなかった。 だからこそ、稀に触れられて敏感に反応してしまい、表情に出るのだろう。 無論、表情の変化は極わずかなもので、気づいているのは元くらいのものだろうが。

仕方がないとは言え迂闊だったかと、元は心中で自分に溜息を一つ送る。 だが、一つの溜息で随分と重みを増した心は、次に聞こえた了の言葉に軽さを取り戻していた。

「 それに、俺も遊びたかったから。 この間のゲームはハジメが反故にしちゃって、負けた方が奢るって約束してたのに、俺、結局奢ってもらってないしね 」

拗ねているようにも見える不満げな視線が、元の横顔を叩く。 同時に記憶を手繰って元の眉が急斜を描き、昼前の通りの喧騒に元の声が混じった。

「 この間の ・・・・・・ って、アレはオマエ、初心者だろうと思ってハンデやってたからじゃねぇか! 反故にするに決まってるだろっ? あんな勝負、ナシナシナシ!」

「 俺に何も聞かないで、勝手に初心者扱いしたのはハジメだよ?」

「 リョウも何も言わなかったじゃねぇか 」

「 聞かれなかったからね 」

了の口から出て来る耳の痛い事実にふて腐れて言い返せば、空っ惚けた調子で了がそれに応じてきた。 こう言う時の了は、なかなか侮れない。 英語は得意だが国語はあまり振るわない元には、少々了とやり合うには言葉が足りないことを自覚させられる瞬間だ。

だが、それが元には、とても嬉しい。

始終親友と言って憚らず近づいていた自分に、警戒心を露わにしていた了。 嫌悪をあからさまに表情に出すことはなかったし、本人はいたって平静を装っていたつもりだろうが、当初はそれはそれは迷惑な顔をしていたものだ。 そして、会話の中に作られたぎこちない笑顔はあっても本心からの笑みはなく、こちらの言葉に返すのも無難で簡潔な一言二言ばかり。 そんなことだから了から会話を切り出すこともなく、頑なに一定の距離を保っていた。

それが、今ではそんな過去を窺わせない姿がそこにある。

「 それって詐欺じゃね~?」

「 ハンデをやっても勝てる自信があって、負けた方が奢るなんて言い出したハジメの方が、詐欺だと思うけど 」

「 まさか。 初心者だろうから、オレが負けてやる気満々だったんだぜ?」

「 じゃあ、何で反故にしたの?」

「 え?」

「 ・・・・・・ 俺に奢らせる気満々だったよね?」

はっきりと悪戯な光の見える双眸が、前髪の合間からぎこちない笑顔を貼りつけたままの元を横目で見やり、ふわりと口元に曲線が描かれた。

互いの視線を交錯させながら軽快な沈黙が流れて数秒後、元は観念して顔をくしゃりと崩した。 降参と言わんばかりに戯けて両手を挙げ、空色の瞳も冗談を含ませて微笑する。

「 へ~いへい。 その通りで。 大誤算ってヤツだな、アレは 」

「 ・・・・・・ ねえ、ハジメ 」

「 ん?」

「 今日のゲームでまた俺が勝ったら、この間のも合わせて奢るよね?」

瞬間的に、元の笑みが痙攣する。 挙げたままの両手がわずかに開き、中途半端に両手を広げた間の抜けた恰好で、元は親友の澄ました横顔をまじまじと凝視した。

奢ってくれるよね、ではなく、奢るよねと明確に断定されていた言葉 ── 元は、平然とした了の顔の影に、一瞬だけ牙が見え隠れした気がした。

「 ・・・・・・ リョウ?」

「 何?」

「 マジ?」

恐る恐る発した短い問いに返ってきたのは、小さな笑み。

「 どうしたの、ハジメ? ハジメが負けなきゃいいんだから、そんなに驚くことじゃないと思うけど?」

続けられた言葉は自信に満ちていて、元は了の所作に既視感を覚え、脳裏で何かが弾けるのを同時に感じた。

── 大丈夫だって。 オマエが負けなきゃいいんだからよ!

下心をひた隠して自信たっぷりに言い放ったのは、誰だったか。

「 ・・・・・・ オレ、だ ・・・・・・ 」

駅前の人通りのある通りから一つ角を曲がり、喧騒が和らいだところでぽつりと声を漏らす。 意趣返しとは大袈裟な表現だろうが、横目に見やった了の楽しげに上がった口角がどうしてもそれを否定させない。 しかも、自らの勝ちを宣告しているような横顔が、以前の自分と見事に重なる。

相違点はただ一つ、勝てる絶対の自信に見合う、彼我の実力の差。

自分が完敗して了に奢る未来予想図に、元は思わず頭を抱え一人唸って自分の過去の発言を恨んだ。 けれど、そんなことをする自分に ── 出来る自分に、やはりどこか楽しさと嬉しさを感じずにはいられない。

以前の了ならば、決してこんな表情を見せなかっただろうから。 こんな顔が出来るだろうことも、こんな顔で笑うだろうことも、予想出来なかっただろうから。 そして、自分が了に対してこんな反応を示すこともなかっただろうから。

「 ハジメ?」

こちらの行動に訝しんでひそめられた眉が心配を覗かせて、元は自然にすっと伸びた片手で了の肩を叩いた。 そして、人差し指を突き立てて了の眼前に掲げ、挑戦的に口角をつり上げる。

「 真剣勝負な、リョウ 」

「 え?」

聞き返す了に、元は意気込んで放った。

「 そう簡単にオマエに負けてやる気はねぇから、覚悟しとけよ?」

「 ・・・・・・ ああ、うん。 分かった。 でも、俺 ・・・・・・ 強いよ?」

「 そりゃ~、望むところだ 」

今一度肩を叩いてから、元の足は眼前に見える灰色の空に溶けるように佇む一つの建物へと向かう。 立方体に近い形から無遠慮に張り出した、見慣れた赤い屋根がどんよりと曇って灰色がかった世界に異色を放っている。

どうやら心配した雨は充分保ってくれたようで、元は両手をポケットに突っ込んで空を見上げ、安堵した。 同時に引き出した携帯で時刻を確かめて、思わず苦笑する。 ディスプレイの端に、いつの間に受信したのだろう新着メールを知らせるマークが差出人の名前と共に浮かんで、存在を誇示していた。

「 なあ、リョウ 」

「 何、ハジメ?」

「 オマエさ、子供って平気?」

「 ・・・・・・ 子供?」

突然の話題に首を傾げた了のその瞳を見て、元は苦笑を深めた。

「 いや、オレ、変な子供に懐かれてさ~。 そいつ、すっげ~生意気で偉ぶってて我が儘で ・・・・・・ 」

── オマエと同じをしてるヤツなんだ。

「 でも、これが意外と面白いんだよ 」

「 ハジメって、子供に好かれそうだよね 」

「 まあな~。 でも、オレもあそこまで主成分が我が儘で出来た子供ってのは初めてってくらい凄まじいんだ、ソイツ 」

── そして、ソイツも自分と同じで、強引に友人になろうと言い出した。

今なら少しだけ、自分に声をかけられて戸惑っていた了の気持ちが、分かる気がする。

いきなり何なのだろうと、思ったのだろう。 どう言うつもりだと、何を考えているのかと。

でも ──

「 来週、ソイツと遊ぶ約束があるんだけどな、リョウも一緒に遊ばね~?」

「 俺も?」

「 ああ、都合がよければでいいんだけどさ 」

始めはぎこちない関係でも、少しずつ変わっていける。 変えられる。

自分と了も。 自分とアイツも。

「 分かった。 なるべく空けておくよ 」

「 サンキュ~!」

「 じゃあ、やっぱり俺が勝ったら奢りは倍増しにしてもらわなきゃいけないな、ハジメ 」

「 ・・・・・・ へ?」

── こんなに、言葉を交わし合うことが出来るようになったのだから。

だから ── オレらは

互いの言葉が日毎に対話を生んで ── 大丈夫、「 親友 」 になれるさ

きっと。

きっと。

Blue's×Utterance×Diurnally×Duet×Yield Side:H

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WebClap
いいんじゃない?いいねいいよいいよーGJ !最高 !!
Date
2006-07-19 11:39
Category
original / 『 Contract×Killer 』 / 小説 / 本編
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