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第六話 『 Lacerate×Obscenely×Vamp×Enchant 』

いっぱいいっぱい可愛がって苦しめて愛でて壊して愛して心を引き裂いて ──

嫌になる程苦しめてアゲル ── それがアタシの 「 」 のカタチ

全てが寝静まった世界が揺らめいている。

寄せ合った身体は穏やかな鼓動と寝息と温もりを伝えて、幸せの中に意識を微睡ませる

それは、とても幸せな時間。 とても、とても ──

── 冗談じゃないわ!

草木も眠ると比喩される時刻。 寝ている者の意識の覚醒する気配が完全に去ったところで、壱架は耐えきれないと言わんばかりに開口一番悪態をついた。

の自室のベッド、了の胸に身を埋めるように寄り添って眠る末葉の輪郭が淡くぼやけ、一拍を置いて二重に重なる。 そして、急速に別人の姿をかたどって分離した。

蠱惑的な血色の双眸、艶やかな流れを生む淡紅色の髪、透き通るような白い肌に映えるのは黒紅のルージュを引いた妖艶な唇 ── 誰も知らないこの世界の創造主に仕える十二使徒が一人、壱架がそこに現れる。

ふわりと漆黒の衣が揺れて、壱架が床に降り立つ。 その瞳は常以上につり上がり、鋭角を刻む柳眉と共に壱架の感情を的確に表していた。

「 ホント、冗談じゃないったらないわ! ・・・・・・ ああ、忌々しい ・・・・・・!」

眠りを妨げないように声をひそめて、けれど存分に苛立ちを含めて壱架は吐き捨てた。 壱架の視線の先には、了の腕に抱かれて死んだように眠る ── 実際に既に死んでいる ── 末葉の姿がある。 彼女の肉体を維持する為に憑いている壱架が肉体から離れた今、末葉からは先程まであった生気は失われ、蒼白を通り越して蝋人形を思わせる無機質さが漂っていた。

「 何だってマスターは、よりにもよってこんな小娘なんか気にかけるのかしら 」

幸せそうな表情に死の影を落とした末葉。 この女は、マスターを何一つ知らないと言うのに ── それ以前に、自分の死がどんな結果を招いたのか、何もかもを知らないと言うのに。 自分がいなければただの屍だと言うのに、何一つ知らないのをいいことに幸せそうに笑って! マスターに愛されて!

いつも思うことだけれど ── 本当に、忌々しい。

「 憎たらしい顔。 ・・・・・・ 引き裂いてやろうかしら?」

わずかの沈黙を残して呟く。

その時、その体に残っているほんの一握りの魂はどんな叫びを上げるだろう。 どんな声で泣くだろう。 無様に助けを求めるのだろうか? それとも無様に抵抗でもしてみせるのだろうか?

ルージュと同じ色に爪化粧を施された壱架の指先が、無意識に末葉の顔へと伸びる。 そっと触れた頬はぞっとするほど冷たく、壱架の唇が嘲笑に歪められて笑声が零れた。 押し殺した笑いは喉の奥ではじけ、壱架の肩が小刻みに震えて、窓外から細く差し込む光に肩口を零れた髪が艶を放つ。

「 今のアンタを見たら、どんな顔をするかしらね? 大事に大事に抱いてもらって ・・・・・・ それって 『 シアワセ 』?」

末葉への怒りをいくぶん和らげ、壱架は視線を末葉から彼女を抱いて眠る了へと移した。 壊れ物でも扱うように、けれど決して離さないと言わんばかりにしっかりと末葉を腕に抱く了。 顔にかかる髪が濃い影を落として、安らかな中に苦悩の色を滲ませている。

「 夢の中でまで苦しんじゃって、健気なお莫迦サンだこと 」

呆れ顔で呟き、だがすぐに存分な嘲笑と侮蔑を含んだ笑顔で了を見やった。

「 無知で莫迦なオヒメサマと違って、アンタは莫迦で間抜けで面白いから退屈しないのよね 」

だから ──

── 壊シテアゲル ──

これ以上ないくらい滅茶苦茶に傷つけて苦しめてずたずたにして ── 壊れて。 そうして、もっと楽しませて欲しい。 莫迦で間抜けで面白くて愚かな姿を、掌の上で必死になってもがきながら踊り狂う姿を、もっともっと見せて欲しい。

「 そうしたら ・・・・・・ アタシが愛してアゲル。 傷ついて傷ついて狂って壊れてぼろ布みたいになった可哀想なアンタを、アタシが優しく抱いてあげるわよ 」

── ダッテ アタシハ 夢魔 ダモノ ──

マスターを奪ったのだから、これは当然のこと。 愛しくて愛しくてしかたのない人を奪われたこの気持ちを、この女にも与えてやる。 この男は、その為の玩具 ── 慰みの為に弄ばれるモノ ── なのだから。

「 たっぷり可愛がってあげる、アタシの可愛い玩具サン 」

了の耳元に唇が触れそうなほど近づいて囁き、一瞬だけ了の寝顔を凝視すると壱架はすっと身を翻した。 そのまま薄いカーテンの引かれた窓辺へ向かおうとして ── 不意にその足が止まる。

室内の片隅、光漏れる窓辺から最も遠い位置に佇む闇へ視線だけを向け、わずかな敵意を見せた。 壱架の周囲の空気がざわめき、研ぎ澄まされていく。

「 ・・・・・・ ダァレ? アタシ、今、機嫌が悪いのよね 」

闇間からは死角になる左腕に、しなやかに敵意と殺意を込める。 と、ふわりと空間が揺らめいて固形の闇が無音で飛び出してきた。 途端、壱架の表情に少しの驚きが加味されて瞬く。

頭部に頂くのは輝く血色の双眸。 その下に覗くのは鋭利な三日月を思わせる鋭い犬歯と、わずかにだらしなく垂れた舌 ── 全身を豊かな深淵の闇色の毛で覆った一匹の獣。

「 アラ、弐巴じゃない。 影から盗み見ているんだもの、またいつもの莫迦かと思ったわよ?」

相手が誰だか分かった途端、壱架から敵意と殺意が消失し、とことこと自分へすり寄ってきた弐巴を不思議そうに見下ろした。

「 アンタが単独で行動するなんて珍しいわね。 マスターはどうしたの?」

問いかけながら背を撫でる壱架の瞳に弐巴の瞳がまっすぐ向けられ、その後ろで二尾がふさふさと揺れる。 そこには、少し困っているとも呆れているとも取れる色があり、壱架の柳眉が微量だけ角度を増した。

「 ・・・・・・ マスターがアイツの夢を見るのに、アタシが邪魔ァ?」

壱架は声を一気に不機嫌に染め、素っ頓狂に弐巴の言葉を反芻する。 衣の裾に隠れた拳を無意識に握りしめれば、それを目敏く発見したのだろう弐巴が、自分はマスターにそう言付かってきただけだと、その拳を自分に振り下ろしてくれるなと壱架を仰ぎ見て訴えてきた。 だが、壱架はそんな弐巴の無言の言葉を無視してくるりと体をベッドへと向けると、安らかに眠る了を見下ろして口角をつり上げた。 そこには壱架独特の怒りの空気が漂い、その不穏な気配に弐巴が壱架の背後でやれやれと耳を垂れて、何をするのだとの問いを壱架へ向けてくる。

弐巴の分かりきった言葉に、壱架は一言 ── 吐き捨てた。

「 起こしてやるのよ!」

アタシは今、とても機嫌が悪いの! との表情そのままに、壱架の腕が間髪入れずに了の首に素早く動く。 同時に弐巴も身を翻し、伸ばされた壱架の腕にあわやと言うところで歯を立てず噛みつくと、壱架の体は弐巴の軽く跳躍した勢いそのままに腕を引かれ、瞬く間にベッドから遠ざけられてしまった。

流れる、わずかの沈黙。

舌を出して項垂れ、耳を垂らし甘える様にふさふさの毛に覆われた二尾を愛らしく振ってみせる弐巴の行動だけが、静まりかえった室内に小さく響いた。

「 ・・・・・・ 弐巴ちゃん 」

血色の双眸がたぎった光を見せつけて、獣を見下ろす。 反射的に弐巴の耳が立ち上がり、びくりと身を震わせたまま動きが凍結した。 その隙を逃さずするりと長くしなやかな両手を弐巴の元へ伸ばし、絹糸に似た長い髪を目の前にしなだれ落とす。

瞬間。

弐巴の喉をぎゅ、と絞める。 目を丸くして動きを止める弐巴の濡れた鼻先に天使の笑みを浮かべる鬼の形相を近づけ、壱架は形の良い唇から怨嗟の声を漏らした。

「 犬の丸焼きって、牛や豚や馬や鹿や猪とはどう違う味がするのかしら? それとも犬鍋がイイかしらね?」

すぐ隣で寝息を立てている人間がいる為、鳴くことが出来ずに弐巴は必死にその瞳で壱架に乞うが、壱架は全てを無視して笑みを深くする。

「 弐巴、アンタはいいわよネェ ・・・・・・。 いつだってどんな時だってマスターの一番傍にいて。 頭を撫でてもらえて、背中を撫でてもらえて、抱きしめてもらえて、マスターの足になれて 」

── 壱架 ボクノアリスノナカニ ハイッテ ──

「 でも、アタシは違う。 コイツらがマスターの前に現れたりするから! マスターが気に入ったりするから! そうじゃなかったら、アタシは今だってずっとずっとマスターの傍にいられたのよ? マスターの為だけに、すぐにでも動ける場所にいたの! それが ・・・・・・!」

── コノヲ イジシテアゲテ ──

「 マスターの役には立ちたいけど、マスターがアタシ達以外のヤツを気にかけるなんて許せないのよ! しかも、欲まみれの女と莫迦な男での楽しみを邪魔するなって! アタシが、邪魔? そんなのあんまりじゃない!」

押し殺してはいるものの、無意識に高くなっていく声が壱架から堰を切ったように溢れ出てきた。 いつしか弐巴の喉元を押さえつけていた手は緩み顔は俯いて、気づけば弐巴が遠慮がちに頬に鼻面をすり寄せていた。

「 でもねぇ ・・・・・・。 やっぱり、壱架はボクの大切な大切なお気に入りなんだから、役に立ってくれなくちゃ困るんだよ 」

唐突に第三者の声が降り、壱架と弐巴の紅い視線が、影の落ちた壱架の背後を勢いよく振り返る。

「 マ ・・・・・・ マスター ・・・・・・ 」

「 弐巴がなかなか戻ってこないし、折角の了チャンの夢も随分歪んじゃったから、来ちゃったよ 」

壱架と弐巴の見上げた先には、そう言って微笑む彼らのの姿があった。

漆黒の衣で包まれたすらりとした長身、透き通った白い肌に鮮血と満月色の瞳。 無造作にはねた髪は項から長い流れを作って背を泳いでいる。

世界の、十二使徒の創造主のが、そこにいた。

「 壱架 」

優しく微笑んだ零に名を呼ばれて壱架は顔を強張らせ、けれど即座に無理に笑みを作り出した。

「 な ・・・・・・ なぁに、マスター?」

「 弐巴も。 ちょっと、おいで 」

手招きをされ、弐巴はぎこちなくも素早く主の足元、彼の定位置へとその身を寄せる。 その際にちらりと壱架を振り返った眼差しは同情に満ちて、壱架がそれに困り切ってひきつった笑みを返せば、思わず耳を垂れて瞳が伏せられた。

「 どこに ・・・・・・ 行くの?」

先程まで壱架の中で激しく燃えていた了と末葉への怒りは完全に萎れて、すっかり零の微笑みに背筋を震わせながら、遠慮がちにそう問いかける。

「 ここじゃ、了チャン達の迷惑になっちゃうからね 」

零は笑顔を崩さず、片手を壱架に差し出した。 だが、壱架はそれを無視するように慌てて立ち上がり、思わず弐巴を締め上げた際に膝をついていた衣服の埃を払って焦燥の笑みを見せる。

優しく微笑んだまま、壱架の行動におやと首を傾げる零を何も知らない者が見れば、心底からの優しさを信じて疑わないのだろう。 けれども、普段から笑わない訳ではないが常に零に追従する弐巴でさえなかなか目にすることのない、苦笑でも嘲笑でも戯笑でも冷笑でもないただただ優しいだけの微笑みが何を意味するものかを、壱架はよく知っていた。

── お ・・・・・・ 怒ってる ・・・・・・ っ!

音を立てずに窓を開け、まずは弐巴を外に出して自らもふわりと軽い仕草で出て行った零の姿に、壱架は一人焦りを心中で繰り返し叫んだ。

どうしよう、と言う言葉が頭の中でぐるぐると高速回転し、次いでマスターが怒っていると言う事実が走馬灯のように駆け巡る。 そして最後に、今すぐに謝らなければとの本能の叫びが上がる。

零が外に出るのに続いて自分自身も室内を飛び出し、二人と一匹はそれぞれの足取りで屋根の上へと上っていく。

「今夜は満月だね。 ・・・・・・ 壱架、お月見って知ってる?」

「 マ、マスター?」

壱架は唐突な話題に首を傾げるが、零は構わずに言葉を続ける。

「 ココに生きるヒトはね、この季節の満月を、お団子を食べながら愛でるんだって 」

団子の一言に、弐巴の耳が素早く反応して突っ立つ。 それを横目に苦笑して屋根に腰を下ろすと、零は吸い込まれそうな空に浮かぶ月を仰ぎ見て、くすりと音を漏らした。

「 だから、ボクもボクの月を愛でようかなぁと思ってね。 ・・・・・・ 夢と言うお団子を食べながら 」

言葉を紡ぎながら零の双眸は壱架を捉え、でも邪魔されちゃったと小さく肩を竦める。 月光に彩られて深みを増した二色の双眸が ── 片方は南天で輝く月と同じ色をしたものが、今一度、にっこりとした形を作った。

「 マスター!」

「 ん?」

とろけてしまうような微笑みに、反射的に壱架の口は動いていた。 下手をすれば裏返ってしまいそうな声で、一言、ぽそりと謝罪の言葉が零れ出る。

「 ゴ ・・・・・・ ゴメンナサイ 」

言い放ってしまってから、途端に壱架はしゅんとなって零の隣に腰を下ろし、膝を抱えてわずかにむくれた顔をした。 しかし、もう一度、今度は落ち着いた声で零に伝える。

「 マスター、本当にゴメンナサイ 」

零を挟んだ隣に座る弐巴も、鼻を鳴らして零に頭をすり寄せ許しを請うた。

しばしの沈黙が、夜気と共に壱架達を包む。

少しだけ涼しい風が頬を撫で、不意に零が嘲笑を込めた笑みを露わに立ち上がって沈黙を絶った。

「 壱架 」

「 なぁに、マスター?」

「 月 ・・・・・・ キミにも見えるよね?」

「 ・・・・・・ そう、だけど 」

「 だったら、キミも愛でてあげるといい。 うんと ・・・・・・ うんとね。 月は誰のモノでもないんだから、ボクが愛でて壱架が愛でちゃいけないなんてことはないよ?」

言い終わると同時に零と弐巴の姿がかき消え、わずかに瞳を見開いた壱架の髪を風がさらっていった。

── キミモ 愛デテアゲルトイイ ──

ふわりと、壱架の口元に笑みが宿る。

── ウント ・・・・・・ ウント ネ ──

どうして、気がつかなかったのだろう?

マスターと、同じものを。

マスターが気にかけるのならば、自分も気にかけてやればいい。

うんとうんと、愛してやればいい。 マスターがするように。

そうすれば、マスターと同じものを見ることになるもの。

そして、今のアタシは、マスターと同じものをマスターよりも傍で愛してやることが出来る。

「 フフッ ・・・・・・ アハハッ!」

── ダッタラ 愛シテアゲル ──

あの女への憎しみからではなくて、怒りからではなくて、マスターを傍で感じる為に。

いっぱいいっぱい可愛がって苦しめて愛でて壊して愛して心を引き裂いて ── マスターを傍に感じながら ──

嫌になる程苦しめてアゲル ── それがアタシの 「 」 のカタチ

Lacerate×Obscenely×Vamp×Enchant

Data Information

WebClap
いいんじゃない?いいねいいよいいよーGJ !最高 !!
Date
2006-06-06 02:36
Category
original / 『 Contract×Killer 』 / 小説 / 本編
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