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第伍話 『 Pureple×Attract×Inamorato×Now 』

こんなにも、こんなにも愛しいのに ──

それなのに ── 今、僕を惹きつける君の瞳は ・・・・・・ 僕の 「 苦痛

── 深い深い闇の中から、音が聞こえた。

こん、こん。

控えめなノックの音にの瞼が震えた。 吹き込む風に髪が揺れ、意識の覚醒を促す。

「 ん ・・・・・・ 」

身動ぎして、了の瞳がゆっくりと開く。 だがまだ夢現なのか、薄く姿を現した双眸は焦点を絞れず虚ろに室内を漂い、目尻から一筋の光が握りしめられた掌に向かって落ちても、それに気づく気配はなかった。

こん、こん。

ノックの音は続く。 しかし、目に映る世界に動きはなく、開いた瞳は再び闇の中に消えかけて了を眠りへと誘う。

こん、こん。

三度目の、ノックの音。 そして。

「 ・・・・・・ 了ちゃん ・・・・・・ 」

不安に揺れるか細い声 ── 瞬間、了の意識は夢から現へ一気に浮上した。

末葉っ?」

勢いづいて立ち上がり、その拍子に膝元の本が床へ落ちて慌てる。 危ういところで躓いて転倒することだけは避け、本を拾い上げておざなりに机へ放ると、了は扉へ急いだ。

まるで、先程の悪夢を振り払うように、無事な末葉をこの目で見ると言わんばかりに。

「 末葉? どうしたの?」

扉を開き、了は優しい笑みと声で末葉を迎えた。

常に可愛らしく結われた髪を今は下ろし、寝間着姿で俯き気味に立つ末葉。 両手を後ろに回し、遠慮がちに視線だけを了へ上げている姿が了の前に現れる。 それは悪夢で垣間見た姿など微塵も感じさせないもので、そのことに了は素直に安堵した。 しかし、彼を見上げる末葉の大きな瞳が心細げに揺れていて、了の内に小さな不安が灯る。

首を傾げて顔を覗き込むようにすれば、末葉の口から、態度と同じ遠慮がちな愛声が零れた。

「 了ちゃん ・・・・・・ もしかして、寝てた? わたし、起こしちゃったかな ・・・・・・ ごめんね 」

灯っていない室内灯と複数回のノック、そして慌てて扉を開けた了の様子に考えられることは一つ。 末葉はそれと分かる無理をして弱々しく微笑み、一言謝罪の言葉を告げる。 それに、了は即座に安心させるように笑んで首を振った。

「 ううん。 ちょっとうたた寝をしていただけだよ。 起こしてくれて、ありがとう 」

「 ・・・・・・ 本当?」

「 本を読んでいたんだけど、いつの間にか寝ちゃって 」

「 本?」

「 うん。 読み終わったら末葉も読んでみる? 面白いよ 」

室内灯をつけ、扉を広く開けながら了は末葉にどうぞと仕草で示して部屋へ招き入れる。 そして、末葉の薄着に気づいて開け放ったままだった窓を閉め、レース地のカーテンをかけた。 続いて、放り投げた為に机の隅に転がる本を手にとると、一度読みかけのページを開いて挟んだしおりを整え、末葉へと差し出す。

「 何だったかな ・・・・・・ この間、賞を取った作品なんだって 」

そう言って振り向いた了は、そこでぴたりと動きを止めた。 いつもならすぐ傍に来る末葉が、いると思った場所にいない。 入口を見やれば扉は了が開けた時のまま、そして、末葉も扉を開けた時からずっと同じ位置 ── 廊下に立ったまま。

「 末葉?」

どこか具合でも悪いのだろうか ── 手に取った本を再び机に、今度は丁寧に置いて、了は末葉の元へ歩み寄った。

「 どうかしたの、末葉?」

そっと前髪を分けて額に手を当てるが、掌が伝えてくるのは常と変わらない、いつからか人より冷たくなった仄かな熱。 下ろした髪で影が出来てはいるが、見下ろした顔色も悪くない。

首を傾げて、了は一日を振り返った。

朝食も昼食も夕食も、末葉が作って ── 夕食は二人で作って ── 二人共、同じものを食べた。 他に口に入れたものと言えば元が二人に渡したプリンだけで、発売日当日に買ってきたのだから悪くなっている訳がない。

食べ物でないとしても、季節は夏が過ぎて朝夕が冷え込み始めたとは言え、寒暖の差はまだ穏やかな初秋。 仮に何か悩みがあったとしても、末葉はすぐに自分へ言ってくる。 帰宅してから今まで彼女から一言も相談がないならば、その線も消える。

他の原因があるのかと考えても末葉の表情が優れない原因に思い当たることがなく、了がお手上げと言わんばかりに心底困った表情を見せれば、末葉が少し恥ずかしそうに、口ごもりながら言葉を口に乗せてきた。

「 あ ・・・・・・ あのね、了ちゃん 」

「 うん?」

「 ・・・・・・ 今日 ・・・・・・ 一緒に、寝ても ・・・・・・ いい?」

一瞬、きょとんとする。 が、すぐに後ろに回された末葉の両手が彼女の枕を握っていることに気づき、了は破顔した。 そっと末葉の頭を撫でて一言、決して他人には向けない笑みと声音でもって告げる。

「 うん。 おいで、末葉 」

途端に末葉の影を帯びた表情に明るさが差し込み、小柄な体が了の隣に並んだ。 後ろに隠すように持っていた枕を胸元に引き寄せて抱き、照れた愛らしい笑顔で了を見上げる。

「 先に、ベッドに入って待ってて。 机の上を片付けたら、僕も寝るから 」

「 うん! ありがとう、了ちゃん 」

末葉は嬉しそうにベッドへ向かい、それでもやはりどこか遠慮がちに了の枕を隅に寄せると、持参した枕を並べてかけ布団の中に身を滑らせた。 枕に乗せた頭がくるりと了を見て、はにかむように笑う。

「 どうしたの?」

「 ううん 」

通学鞄に必要なものを揃えて入れる手を止めて笑いながらそう問えば、末葉は笑顔のまま小さく首を振って布団の中に顔を埋める。 その仕草が可愛く面白く感じられて、了は思わず小さく噴き出した。

「 了ちゃん、今、わたしのこと笑った?」

「 ・・・・・・ ごめんごめん 」

「 ひどぉい 」

「 だって、末葉が可愛かったから 」

頬を膨らませる末葉に更に笑い出しそうになって、了は慌ててそれを押し止める。

手早く鞄に荷物を入れてスタンドのスイッチを切ると、一旦部屋を出て戸締まりと消灯を確認。 最後に自室に戻って扉横にある室内灯のスイッチにも手を伸ばして、足をベッドへと向けた。

末葉に寄り添うようにベッドに入ると、すぐに末葉の小さな頭が了の胸に押しつけられ、甘い香りが了の鼻腔をくすぐった。 色白の細い両手が了の寝間着を緩くつかんで、体を寄せてくる。

「 一緒に寝るのは、久し振りだね 」

静かに言葉を紡ぎながら、了は片手で末葉の髪をすき、もう片手で末葉の肩を抱く。 布越しに伝わる末葉の冷えた体温に、無意識に表情が哀しみに歪んだ。

── いつからだっただろうか。 抱き寄せた末葉の体を、冷たいと感じるようになったのは。

「 末葉 ・・・・・・ 何かあったの?」

末葉に触れる度に心を埋める哀しみを払い、頬をすり寄せるように末葉の頭に口づけて囁けば、薄闇の中、了の目の前に末葉の大きな藤色の瞳が不安を湛えた姿を現した。 それは一瞬了を捉えたあと躊躇うように彷徨って、まるで逃げるように再び了の胸に埋もれる。

「 末葉?」

どうしたの ── そう言いかけて、了より先に末葉の声がくぐもって聞こえてきた。

「 ・・・・・・ 怖い、の 」

「 怖い?」

「 朝の ・・・・・・ ニュース。 どうしてだか分からないけど、わたし、すごく怖くて ・・・・・・ 」

何度目だろう。 了の心が軋みを立てて痛む。

── ボクノアリスニ フサワシイ 死ヲ ──

── 末葉の為にやっていることなのに ── どうしてこんなにも、心が裂かれるような痛みを感じるのだろう。

「 夜、一人で寝るのが ・・・・・・ とても怖かったの 」

だから ── ゆっくりと末葉の視線が上がって了を捉えた。 双眸は不安と恐怖を溢れさせ、了に助けを求めるように潤んでいる。 末葉の両手に無意識に力が籠もり、了はその手を包み込むようにして握りしめた。 やはりどこかひやりとした末葉の体温に一瞬言葉が詰まり、いたたまれずそれを押し隠すように額に口づけを落とす。

「 ・・・・・・ そう、だったんだ 」

「 この間のニュースを見た時は、こんなに怖くなかったの 」

「 ・・・・・・ うん 」

「 この間のニュースで殺された人も、今日のニュースで殺された人も全然知らない人なのに。 きっと同じ人が殺したのに ・・・・・・ 」

自分も、知らなかった。 この間も昨日も、ただそう言われたから、末葉の為にそうしなきゃいけなかったから ── 殺した。

「 おかしいよね、了ちゃん。 わたし、今日のニュースで殺された人のことを考えたら、胸が苦しくなるの。 とっても怖くなるの。 よく、分からないけど ・・・・・・ きっと、殺された人は、死んじゃいけなかった人なの 」

── 憧レ ・・・・・・ ダッタ? ──

言葉にしてはいけないと思いながらも聞いてしまった言葉に返ってきたのは、照れを含んだ小さな笑い声だった。 とても誇らしそうで、とても親しそうで。

哀しまない人がいると言った言葉は、嘘。

珍しく語気を荒らげてしまうほど、殺された人を知り、慕い、大切に思って ── そして、とても哀しんだ。

きっと、元にとっては死んではいけなかった人。

でも、そんなこと、末葉は知らない。 それなのに。

「 ・・・・・・ 了ちゃん。 どうして、殺したのかな? 殺されなきゃいけなかったのかな ・・・・・・? また、殺されちゃうのかな? ・・・・・・ それを考えると、どうしてだか分からないけど、わたし、凄く怖くなるの 」

── どうしてそんなことを言うの?

末葉の瞳が了を見つめる。 まっすぐに、純粋な心で。 人が殺されることを哀しみ、怖がり、殺した者に無垢なを刺す。 何も知らない、何よりも誰よりも大切な人の瞳が、了を射竦める。

「 ・・・・・・ 殺さなきゃ、いけなかったんだよ 」

── モットモット タクサンノ死ヲ ──

「 殺さなきゃいけない、理由があったんだよ 」

「 ・・・・・・ 理由?」

「 きっと ── 」

「 そんなの、おかしいよ 」

どうしてそんなことを言うの? 無言で、末葉がそう問いかける。 ずっと握りしめていた末葉の手はいつかの温かさを取り戻していたが、吐き出された言葉はいつもと変わらない声音で了に刃を向けていた。

「 人を殺す理由なんて、あったら駄目だよ 」

── 心が、軋む。

「 ・・・・・・ 末葉 ・・・・・・ 」

「 なぁに?」

「 ・・・・・・ もう、寝よう? ずっと末葉のこと、こうして抱いていてあげるから。 怖くないように、ずっとこうしていてあげるから 」

自分を見上げてくる瞳から逃れるように、了は末葉に腕を回して強く、けれど優しくその小さな体を抱きしめた。 触れる温もりは冷たく温かく疎らで、末葉の艶やかな髪に何度も唇を押し当てて哀しみと痛みを紛らわせる。

「 ずっと、こうしていてくれる?」

「 うん。 末葉 ・・・・・・ 冷え性みたいだし、僕が暖めてあげる 」

── だから、もう、何も言わないで。

「 ありがとう、了ちゃん 」

「 うん。 ・・・・・・ おやすみ、末葉 」

もう一度髪に、そして前髪から覗く額にキスをして、末葉を抱きしめる。

「 了ちゃん ・・・・・・ 大好き 」

「 僕も大好きだよ、末葉 」

胸元からの幸せのこもった声に答えて、了も瞳を閉じる。

大好き。 大好きな末葉。

いつも僕のことを見てくれる、僕に笑いかけてくれる末葉。

僕の大切な人。

こんなにも、こんなにも愛しいのに ──

それなのに ── 今、僕を惹きつける君の瞳は ・・・・・・ 僕の 「 苦痛

Pureple×Attract×Inamorato×Now

Data Information

WebClap
いいんじゃない?いいねいいよいいよーGJ !最高 !!
Date
2006-06-06 02:35
Category
original / 『 Contract×Killer 』 / 小説 / 本編
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