Home > original > 『 Contract×Killer 』 > 小説 > 本編 > 第四話 『 Exceeding×Itch 』
第四話 『 Exceeding×Itch 』
「 哀れで愚かで ・・・・・・ 愛しいヒト 」
── 度を超した欲望は、「 死 」 を招くだけなのだと言うことを ──
一部、残虐で猟奇的な表現が含まれます。
── 僕ハ タダ ・・・・・・ ──
血が、あった。
跳ねる、重吹く、流れる、当たる、滴る、飛び散る ── 血が、了の目の前には、あった。
「 たす ・・・・・・ っ、け ── 」
上ずった声に、耳障りな悲鳴が重なる。
「 命乞いなんて、聞きたくない 」
真っ白のシーツに鮮血が染み込み、その上に倒れ込むのは一人の男。 黙って立っていれば女性を十二分に引きつけるだろう顔を、今は恐怖と激痛に歪め、全身を震わせている。 いたるところから血を流し、その中でも一際深い傷には鈍く銀に輝く刃が突き立てられたままで、男の震える動きと鼓動とに合わせて血が噴き出していた。
それを、了はじっと見下ろす。 生命の零れていく様を。
「 ・・・・・・ っ!」
もはや声を出すことの出来ない男からは、欲望と絶望と恐怖とが渦巻き溢れ出て、了の身体中にまとわりついていた。 それは重く、冷たく、身体を締めつける。 けれどそれは、息苦しくともどこかで了に快感を与えていて。
ひたりと ── 了の口の端が持ち上がった。 血色の片手も、持ち上がった。
「 ── 痛い?」
淡い照明に照らされた紅の指先が優しく男の頬に触れ、恐怖に見開かれた瞳に差し向けられた。 それに、紅い月色の瞳が笑いかける。
「 痛い? それとも ・・・・・・ イタイ?」
ゆっくりと了の視線の高さが男のものと重なる。 片手が伸び、突き立った刃の柄に届いて抜き取られた。
再び耳朶を叩くのは、男の耳障りな絶叫。
「 ・・・・・・ でもね、末葉はもっと痛かったんだ。 イタかったんだよ 」
了の手から光が音を立てて落ち、乾いた金属音を立てる。
「 叫んだって、泣いたって ・・・・・・ 誰が助けてくれたの? 命乞いしたって ・・・・・・ 嗤って、末葉のことどうしたのか ・・・・・・ 忘れてないよね?」
「 ・・・・・・ し、ぁ ・・・・・・ っ、ね 」
「 ・・・・・・ 聞こえない 」
頬を滑った了の指先が持ち上がり、瞼の縁にかかった。 硬い眼窩の下縁をなぞり、指を押し込む。 眼球が押し出されて男の身体がびくりと震えたが構わず力を込めて引き寄せ、包み込むように男の頭を抱き込んだ。 そして、耳元で再び言葉を吐く。
「 ねえ ・・・・・・ どんな気持ちだった? 末葉の中は ・・・・・・ ヨかった? 声は甘かった? 柔らかかった? 楽しかった?」
男は、答えない。 ただ弱々しくかすかに首を振る仕草が、腕の中から伝わってくるだけ。
刹那 ── 了から嘘のように笑みが引いて、ただただ冷徹な眼差しだけが存在を誇示する。
「 ── 訊いているんだ、答えろよ 」
眼窩に指が食い込み、男が悲鳴を上げる。
「 しっ、・・・・・・ ら、ね ・・・・・・ ぇ!」
「 何?」
「 知らねぇ ・・・・・・! 知らねぇよ! だ、誰だよ!」
「 末葉 」
「 し、らねぇよ、そんな女ァ! 名前、なんか! 覚えてるワケ、ねぇだろ ・・・・・・!」
頭を抱きかかえられたままの男が必死になって叫ぶ。 深くはないが傷だらけの両腕を持ち上げて、必死に了を自分から引き剥がそうともがき ── 了の指が回転して、軽い動作で手前に引かれた。
狭い、狭い室内に、断末魔の叫びに似た咆哮が上がる。
男の眼窩から熟れた果実のような紅に染まった球体が尾を引いて転がり出、男の両腕が猛烈な勢いで了を押し退けて倒れ、血にまみれた床をのたうち回る。
「 ぎひぃぃいいぁ、あぁぁぁ ・・・・・・ っ! あああぁぁぁっっっっ!! たすっ、助け ・・・・・・ ぇっ!」
「 黙れ 」
「 嫌だ! 嫌だっ! 痛ェ! 誰かっ! 死にたく ── 」
「 末葉も、そう言った 」
「 そんな、女、なんか ・・・・・・ 知らねぇっ! ホントに、知らねぇっ ・・・・・・ だ、よぉ!」
「 嘘だ 」
「 本、当に ・・・・・・ っ、本当に、知らない!」
「 俺には見えてる 」
── オマエノ ミニクイ性欲ガ ──
── ボクノ ウレハヲ 蹂躙シテル ──
── それは、男の欲望。 甘い顔に女好きのする笑みを貼りつけた醜悪な男の、貪欲なまでの邪欲。
「 アア ・・・・・・ 堪ンねぇよなぁ、ヒヒヒッ!」
熱に浮かされ歪んだ嗤い声と。 突き抜ける快感に絆された意識と。
跳ねる、重吹く、流れる、当たる、滴る、飛び散る ── 白く濁った本能に忠実な淫欲が、了の目の前に広がる。
純白に乱れ散る甘やかな絶望、叫喚、懇願、恐怖。 愛しい人の、この手に馴染んだ長い絹糸が無惨な影を頬に落としている。
「 ・・・・・・ だから、やめられねぇんだ!」
男の動きに合わせて壊れた人形のように肢体が動き、震えて崩れ落ちる。
一筋流れ落ちる紅が鮮明に鮮明に了の瞳に焼きついて ──
「 嘘じゃない! 頼む ・・・・・・ 頼む、から、助け ・・・・・・ 」
了の片足に血塗れの腕がすがりついて懇願するが、了は冷淡に一言を吐き捨てて男を蹴り倒した。
「 人の命は、そんな一言で救える程安いものじゃない 」
怒りに世界が紅く染まる。 どこまでも紅く黒く昏く醜く鮮明に、世界が欲望と憎悪の二色に塗り分けられる。
── ボクノ ウレハヲ 殺シタクセニ ──
そして。
断罪の光が了の手から迸り、懺悔すら赦されぬ罪深い生命が飛沫を上げた。
くぐもった水音が静まった室内に響く。 身を屈めた了の顔に、手に、服に鮮やかな紅が降り注ぐ。
血が。
血が ── 了を、濡らす。
それは温かく、同時に幸せで喜びで。 了の心に充足を与え全てを飲み込んで、何もかもを心地よい色に染めて引き裂いて ──
「 死ねばいい 」
── ウレハヲ 苦シメタヤツハ ミンナ ──
男から了の腕が離れると同時に緩慢な動きで男の身体が紅と白の海に沈み、了の身体を締めつけていた男の感情がゆるりと剥がれ落ちて、了は解放された呼吸を確かめるように大きく息を吸い込んだ。
むせるような血の臭いが、了の全てを満たすように広がっていった。 それは視界も思考も意識も全てを奪い ──
── 僕ハ タダ ウレハヲ ・・・・・・ ──
「 ・・・・・・ 可愛いなぁ、了チャンは 」
闇ばかりが広がる空間に、天鵝絨の紗幕が揺れていた。 その奥から笑んだ声が紡がれ、闇に溶ける。 同時にゆらりと空気が震え、紗幕が大きく動いて消え失せて一人の男の姿を露わにした。
血色の椅子に腰かけ、頬杖をついて眠る男。
「 ・・・・・・ ボクのアリスは幸せ者だね ・・・・・・ 」
闇よりも更に濃い闇色の髪がふわりと揺れ、閉ざされていた双瞳が薄く開く。
「 了チャンの夢の中でまで、あんなに愛されて ・・・・・・ ネェ 」
血色をした瞳の瞳孔がすっと細まり、口元が緩やかな曲線を描いてゆっくりと動いた。 小さく小さく、傍に佇む闇に囁くように歌うように紡がれた言葉は嘲笑を存分に含み、こごったタールのように沈み込む。
組まれた長い足を解き白い指先が空間を撫でれば、淡く歪んだ空間に、窓辺に座ってうたた寝をする青年の姿が浮かび上がった。
安らかな筈の眠りの中で悲痛な表情を刻み、膝元に開かれたままの書物に添えられた手が何かを探し求め縋るように握り込められる。 暗い室内の唯一の光源であるスタンドの明かりに照らされるのは、月光に照らされる蒼闇を薄く溶いたような藤色。 開かれた窓から吹き込む風にさらさらと髪が揺れるが、その瞳はきつく閉じられたまま開く気配はない。
ふと ── 男の見る前で、薄い唇がわずかな動きを見せた。
── ウレハ ──
「 そんなにアリスが欲しいの、了チャン?」
くつくつと喉の奥に笑い声を押し隠して、男は嘲笑する。
「 ・・・・・・ でも、アリスのことを本当に了チャンは理解しているかな? 了チャンに、アリスを欲しがる資格は ・・・・・・ あるかな? ・・・・・・ ネェ、了チャン?」
再び男の指先が空間を撫で、闇が一面を覆った。 ゆるりと深紅の瞳が閉じられ男の身体が深々と椅子に埋もれて、残った黄金の瞳が周囲の闇を一瞥し、蠢く気配に微笑みかける。
「 ダメだよ。 今はまだ ・・・・・・ 壱架だけ。 もう少し待っておいで。 ボクは楽しいコトが好きなんだから 」
ふわりと、男に紗幕が降りる。 それと共に残された瞳も光を追い出し、男の姿が闇に溶けて ──
── 末葉ヲ ・・・・・・ トリモドシタイ ダケ ──
「 それは、願い? それとも、欲?」
青年の音にならぬ声が耳朶に触れて、男の気配が嗤う。
「 ・・・・・・ 綺麗だね。 心の中に貪欲に棲む、ヒトの欲望 ・・・・・・ 」
── 覚エテオイデ ──
「 哀れで愚かで ・・・・・・ 愛しいヒト 」
世界を睥睨する男が、嘲弄する。
── 度を超した欲望は、「 死 」 を招くだけなのだと言うことを ──
Exceeding×Itch
Data Information
- WebClap
- Date
- 2006-06-06 02:34
- Category
- original / 『 Contract×Killer 』 / 小説 / 本編
- Tags
- original / 『 Contract×Killer 』 / 大人版 零 / 天稀ミヤト@aulacrucis / 小説 / 本編 / 藤咲了 / 藤咲末葉

Comments / Trackbacks