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第参話 『 Earth×Yegg×Eagerness 』

それならオレは ──

必ず ── 絶対に、この 「 」 で、殺し屋を捜し出してやる ──!

一部、残虐で猟奇的な表現が含まれます。

人は、いつか死ぬ。

人だけじゃない。 全ての生命は、生まれ落ちたその瞬間に世界から等しく死を与えられる。

だから、死ぬこと自体には、特に何も感じない。 いずれ自分も必ず辿る路だから。 当然の生命の生きた結果だから。

それなのに ── あの人の死を見てこんなにも怒りが湧き上がるのは、なぜなのだろう?

明らかな殺意を持ってあの人が殺されたから? 強制的に、生命を終わらせられたから?

だから ──?

──

それだけじゃない。

こんなにもこんなにも、深い哀しみと憤りと喪失感で世界が見えなくなってしまうのは ──

── 絶対ニ 赦サナイ ──

「 ただいま 」

自分に宛われた小さなマンションの一室に、誰も応えの返ることのない挨拶を零しては玄関を上がった。 一人暮らしには些か贅沢な広さの1DK。 通学鞄を無造作に床に放り、キッチンに直進してゴミを捨て、蛇口を捻って手洗いうがいをする。

ついでに顔も洗ってから、元は冷蔵庫から買い溜めしておいたプリンを一つひっつかみ、鞄を拾い上げて自室に入った。 ベッドに腰かけざま机上のパソコンの電源を入れて、真っ暗な画面に光が灯るのをぼんやりと眺めながら、プリンの蓋を剥がす。

── 一口運んだプリンは、哀しみと懐かしさに包まれたあの人とあの子の味がした。

無性に苛立ちが募る。 怒りが湧き上がる。 けれど深い哀しみにも同時に沈み、上手く身動きが取れない。 それでも目に映るものだけはクリアで、一口を運んだだけで固まったように動かなくなっていた手が、程なくして立ち上がったパソコンにすぐに気づいて触れようと伸ばされる。

その時、通学鞄の中から軽快な音楽と振動が発された。 ぴたとパソコンに向かっていた手が止まり、取り急ぐこともなく、むしろ緩慢な動作で鞄の中から携帯電話をつかみ取ると、元は相手をろくに確かめもせずに通話ボタンを押す。

相手を確かめる余裕も、そう行動しなければとの思考も今の元にはなかった。

「 もしもし?」

聞きようによっては不機嫌とも取れる低い声音で、第一声。 すると相手は、苦笑の雰囲気を乗せた声で答えた。

「 よぉ、お前で八人目だぜ、陽渡。 プリンが泣いてっぞ?」

「 え ・・・・・・ と、戸塚サンっ?」

これで俺の八戦全勝。 男の声に、受話器の向こうから歓声とため息とが何重にもなって聞こえてきた。 途端、沈み込んでいた元の顔に明るさが戻る。

「 元気かぁ、お前? バイトに明け暮れてるって聞いてっぞ。 無茶してねぇだろうなぁ?」

「 ハハ。 バリバリ元気っスよ~。 バイトは今日は休みで、さっきガッコから帰ってきたとこっス。 にしても、ま~た賭けやってたンすか、戸塚サン?」

電話口から聞こえてくる懐かしい声に問えば、相手はそうだと元の予想通りに頷いた。

八戦全勝と言っていたから、いくら賭けているかは分からないが、今までに最低八人には電話をしてそのどれもで賭けに勝ち、随分と儲かっているのだろう。 さしずめ、賭けの対象は電話口の相手の反応か。

ここ一年ほど連絡のれの字もなかった親しい人の相変わらずさに、元はどこか救われて笑みを噛み締めた。 その、決して命を軽視している訳ではなく、相手なりの優しい励ましに。

「 ま、それは置いといて。 今、何人か俺ン家に集まって、連絡先の分かる奴に片っ端から電話してるところでよ 」

「 片っ端って ・・・・・・ そりゃまた、えらく大掛かりっスね 」

「 ああ。 サツが俺ら疑ってるらしいってんで、絶対大人しくしてろって忠告と ・・・・・・ 」

── 通夜と葬式の日取りが決まったって連絡 ──

一瞬で、元に戻った明るさが霧散する。 脳裏に無残な死体が浮かんだが、それを振り払って元は口を開いた。

「 ・・・・・・ 戸塚サン 」

「 ん?」

「 棺の中に、プリン ・・・・・・ 入れたらやっぱ、まずいっスかね?」

ともすれば暗く沈んでしまいそうな気持ちを奮い立たせ、ことさら明るく振舞ってそう尋ねてみれば、返ったのはどこか呆れた戸塚の声だった。 けれどもそれは、とても元を安心させた。

「 まずいってこたぁねぇだろうけど ・・・・・・ お前ら、相変わらずプリン食ってんのか?」

「 そりゃ~当然。 オレとプリンの出逢いは、一言では言い表せないくらいっスから! 俺の心の伴侶はプリンっス!」

胸を張り、思い出したようにプリンを口に運んでその味を噛み締めて笑う。

プリンに人生を変えられた男、と言えば語弊があるかもしれない。 けれど、それがきっかけとなり引き金となって今、元がここにこうしているならば、多分、プリンに人生を変えられたのだ。 今もこうしてプリンに入れ込んでいるのは元くらいのものだろうが、大小の差はあれ、昔つるんでいた仲間の多くが、元同様プリンにやられた。

それは、電話口の相手も死んでしまったその人も決して例外ではなくて。

「 ・・・・・・ にしても、プリンまみれだな ・・・・・・ 棺。 どーすんだよ? つーか、喪服着たヤローが片手にプリンってなぁ、異様だろ、おい 」

「 ・・・・・・ は?」

「 陽渡。 言っとくけどな、仄かにプリン臭漂う遺骨なんか、俺は嫌だぞ?」

「 ・・・・・・ いや、言ってる意味よく分かんね~んスけど、戸塚サン? それに、千度近い熱で焼かれたら臭いなんて何も ・・・・・・ 」

── あれ?

元は少しだけ、自分の耳を疑ってみた。

「 ・・・・・・ お前らって ・・・・・・ まさか、戸塚サン ・・・・・・ みんなプリン持参するとか?」

「 全員って訳じゃぁねぇけど、大半な。 ・・・・・・ まぁ、あの人だけじゃなくて、あの子にもまたあげようって連中が殆どだよ。 あの子の三回忌、もうすぐだろ、確か 」

ふっと浮かんだのは、両手で大事そうにプリンを持って、そっと差し出してくる小さく柔らかい手。

太陽にかざせば透き通って見えるのではないかと思うほど白い肌に、くるりと踊る蜂蜜色の髪、大きく無垢な瞳。

約束だと言って指を絡め、はにかむように笑ったのはいつだっただろう。 元の脳裏に、あどけなさを残した一人の少女の笑顔が浮かぶ。

「 そう、でしたね。 あ。 じゃあ、プリン二つ棺に ── 」

「 やめとけ 」

みなまで言わせず即答され、思わず元は噴き出した。

「 ハハ。 冗談っスよ~戸塚サン。 オレは流石にそこまで馬鹿じゃないっス 」

「 まあ、お前はな。 ・・・・・・ ところでよ、元 」

笑っていた声が真剣みを帯び、元の名を呼んで一旦途切れる。

「 血の気が多くて心配な奴はお前だけじゃあねぇが ・・・・・・ 一つ、お前にこれだけは言っとく 」

「 何スか?」

「 この件に関して、絶対に変な気を起こすんじゃねぇぞ。 何もするな。 してくれるな。 ンなコトしたって、あの人は絶対に喜ばねぇ。 ・・・・・・ この先、犯人が捕まろうが捕まらなかろうが、お前はあの人が死んだことだけ受け入れて、事件のことは忘れちまえ。 そんで、今までみてぇにのんびり生きていけ。 ── いいな、元?」

元から表情の一切が抜け落ちた。 思い出したようにぞっとするほど冷たい双眸が、先程から操作していたパソコン上に表示された死体の画像を凝視する。

近隣に住む者でさえ滅多に通りそうにない、薄暗く汚い裏路地。 打ち捨てられたごみがそこら中に散乱するその中に、まるでごみの一つのように存在する、その人。 周囲はおびただしい血に汚れ、中央に、まるで祈るように胸元で手を組み屈み込んだ姿勢で時を止めている。 その首から上はなく、鋭利な何かでずっぱりと斬られ、骨と肉の断面を血に汚しているのがはっきり見て取れた。

衣服は、まとっていないも同然。 斬りつけられていないところなどないと言わんばかりに全身くまなく血を流し、無理矢理半ばから折られささくれ立った骨が皮膚を突き破り、体を支えているのが不思議なくらいに両足共にでたらめの方向を向いている。 両腕も似たような有様で、見ただけでは分からない部分でも、恐らく何十何百と骨は折られているのだろう。 全体から奇妙な違和感と歪さが発せられている。

そして、失われた頭部はわずかに離れた血の池の中に添えられていた。 目、鼻、耳、舌が池の中に点在し、ぽかりと開いた眼窩からは脳漿と共に脳が流れ出して、もう流れることのない涙を模っている。

── これを、全て忘れて生きろ?

── 何ヲ 云ッテイルンダ? ──

「 おい、聞いてんのか?」

「 ・・・・・・ ちゃんと聞いてますって、戸塚サン。 馬鹿なコトするなって、しっかり胸に刻みましたから 」

── 出来るわけねぇだろ!!

「 はい。 大丈夫っスよ。 じゃあ、また、通夜の日に 」

長いようで短い通話を切り、投げ捨てるように携帯をベッドに放る。 自身もベッドに倒れ込み、夕日に彩られて朱に染まる天井とくっきり伸びる濃い影を見上げた。

それはまるで、闇に流れる血の色のようで。

「 ── スミマセン、戸塚サン。 もう、オレ、決めたんで 」

どれだけの沈黙が降り立ったか、揺るぎない決意を、元の昏い瞳が紡ぎ出す。

ゆるりと伸ばされた手に夕陽が紅を注ぎ、死の色に染める。 それを見つめ、不意に、今朝親友に告げた言葉が思い出された。

血縁ではないが、親しくない訳がなかった。

知ってはいるが、気に留めなくてもいいような他人では有り得なかった。

喜ぶ他人がいることは事実だが、哀しまない者が一人もいないなんて大嘘だ。

人間の屑だと、街の、学校の汚点だと言う他人の評価が、どれ程正確に本人を表していたか、自分は ── 自分達は知っている。 少数の、成人未満の餓鬼の意見を抹消し、些細な悪事を大袈裟に騒ぎ立てて屑に仕立て上げたのが一体誰だったのかと言うことも。

確かに、よい手本とは言い難かったかもしれない。 けれど、誰よりも生きることに懸命だった。 誇れる程社会に貢献していたとも言い難かったけれど、ささやかでも確かな幸せを創り上げられる人だった。 とても照れ屋で、自分の行為をすぐにごまかすように手が伸びる不器用な人でもあった。

── ドンナキモチデ 死ンデイッタノダロウ? ──

そして ──

── ドンナキモチデ 殺シタノダロウ? ──

誰か、は。

ぱたりと、掲げた腕がベッドに落ちる。 それを合図に、元は昏い思考を少しだけ切り替えた。

「 ・・・・・・ ヤベ。 オレ、リョウに嘘ついちまったな~ 」

ことさら明るく言ってのけ、深い深い溜息が口から漏れた。

は、真実を告げて態度が変わるような奴ではないとは、思う。 そんな奴を親友にした覚えはないし、する気もない。 それに、思いかけず多くを口にしたことで勘のいい了のこと、大凡は察しただろう。 嘘などに意味はない。

ただ ── 言い訳を許されるなら、自分は真実を口にして己の平常心を保てる自信がなかった。 嘘をつくことで自分の感情をごまかし、爆発を抑えた。 抑えようとして ── 結局少しだけ失敗に終わり、了の悲痛な訴える声に我に返った。

血の気が多いと言って心配した戸塚の言葉が、何度も繰り返して響く。 更生して少しは穏やかになったと思っていたのだが、どうやらそれは自分の勘違いだったらしい。

自嘲の笑みが、零れる。

その時 ── 携帯が、先程と同じ音楽を伴って振動した。 がばりと起き上がって素早く手に取り、電話に出る。 この着信音設定にしているのは、仲間だった彼ら以外にいない。 先程とは全く違う理由で、元は着信相手を確かめなかった。

「 もしも ── 」

「 ヤァ、ゴキゲンヨウ 」

元の予想を裏切る、機械で変えられた声が元の言葉を遮って発せられた。 舌足らずな幼い子供の甲高い声と、落ち着いた大人の低い声の多重音声。 ぴくりと、元の眉が痙攣する。

「 ・・・・・・ アンタ、誰だ?」

「 写真ハ、オ気ニ召シテ頂ケタカナ?」

「 写真 ・・・・・・?」

呟いて、室内照明をつけていない為に薄暗い室内で煌々と光を発するモニターを見やって、まさかと、掠れた声が漏れ出る。

誰から送られてきたのか分からない、一通のメール。 ウイルスメールかと用心して削除しようとカーソルを添えたところで、突然開封されて飛び込んできた画像。 残酷な死と血に染められた ──

「 アンタが ・・・・・・ 」

「 詮索ナンテ野暮ナコトハシナイデオクレヨ。 一ツ、キミノ協力者ダト言ウコトダケ知ッテイレバイイ 」

「 協力者、だと?」

「 サテ、用件ダケヲ手短ニ言オウ 」

声は、元を無視して話を進める。

「 パソコンヲ見テゴラン。 親愛ノ証トシテ、キミニササヤカナ贈リ物ヲ一ツ ・・・・・・ キット気ニ入ッテモラエルト思ウヨ 」

「 何だって?」

「 フフ ・・・・・・ キミノ目ハ、トテモ綺麗ナ色ヲシテイルネ。 世界ヲ見下ロス空ノ色 」

「 何言ってんだ、アンタ 」

「 ダカラ、キミモ ・・・・・・ 見ルトイイ。 遥カ天上デ蒼穹ガ何ヲ見テ、何ヲ知ッテイルノカヲ ── 」

「 だから、何だってんだ!」

苛立ちを隠さず問い質した元に返ってきたのは、通話終了を知らせる無機質な電子音だった。 咄嗟に画面を覗き込むが、そこには案の定番号の表示はなく、非通知の文字が代わりに鎮座していた。

「 何 ・・・・・・ なん、だ?」

呆然と呟く。 そこに、メールの受信を知らせる小さな音がスピーカーから流れ出て、途端に元の意識はそちらへと移る。 慣れた手つきでマウスを操作し、メールを開き ──

ひた、と。 手が止まった。

たくさんの血。 たくさんの手。 たくさんの顔。 たくさんの足。 たくさんの身体 ── たくさんの生命だった、モノ。

おびただしい数の画像が次から次と溢れ出て、たちまち画面を埋めつくした。 その中には、自分の手元にあったとは別の角度から取られたあの人の姿もあって。

奥歯が唸る。 怒りが色づく。 世界が紅と黒の二色に染め抜かれる。

── 絶対ニ 赦サナイ ──

憤怒と憎悪とに塗り込められた強く昏い欲望が、元の内に生まれる。

── 世界ヲ見下ロス空ノ色 ──

── ダカラ キミモ見ルトイイ ──

── 遥カ天上デ蒼穹ガ何ヲ見テ 何ヲ知ッテイルノカヲ ──

── その為に、協力すると ・・・・・・?

わずかに、ほんのわずかに無意識に。 元の口の端が、持ち上がった。

天使だろうと悪魔だろうと、神だろうと死神だろうと。 この復讐に力を貸してくれると言うのなら。

それならオレは ──

必ず ── 絶対に、この 「 」 で、殺し屋を捜し出してやる ──!

どこかで、絶望が ── 哭く

Earth×Yegg×Eagerness

Data Information

WebClap
いいんじゃない?いいねいいよいいよーGJ !最高 !!
Date
2006-06-06 02:33
Category
original / 『 Contract×Killer 』 / 小説 / 本編
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