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第弐話 『 Mad×Executioner 』

末葉の時とは違った絶望を、知った気がした。

── 「 」 は、気狂いの死刑執行人 ──?

一部、残虐で猟奇的な表現が含まれます。

肉食獣の鋭く光る爪を想起させる細い月が、世界を嘲笑う様に紅く輝いている。 獲物を見つけてほくそ笑む誰かの面影がちらつくそれを背に、が音もなく人気のない小道に姿を現した。

全身を黒の衣服で覆った了は表情一つ変えず、街頭の光の届かない闇の中へ歩を進める。 途端に闇夜に同化してその姿が消えた彼の頭上に、同じく音もなく人が降りる。 決して人にある筈のない黒い翼を持ったその女性は、紅の月光に程近い色をした自身の長い髪を更に朱に染め、紫のルージュで飾られた淫猥な唇を吊り上げて、闇の中ではっきりと輝く金と紅の双眸を見下ろしていた。

── ボクノ オ願イ キイテクレルヨネ? ──

遠くで、恐怖と絶望と悲嘆の叫びが木霊する。

変わらない朝。

窓から差し込む光は淡く、耳を掠める鳥の囀りも何時もと同じ。 変わらない一日。

そして、自分の隣を歩く少女も ── その、筈だった。

「 ・・・・・・ どうしたの、末葉? 元気ないね 」

茶の長い髪を綺麗に二つに結った、自分よりも頭一つ分背の低い末葉。 彼女の表情に暗い影が差しているのを心配げに覗き込み、了が自身の表情にも暗い影を落として言葉をかける。 そんな了に対し、末葉はその手を握りしめるだけで何を言う事もしなかったが、数歩進んだところでようやく、ゆっくりと口を開いた。

「 今朝のニュース、見たでしょ? ・・・・・・ また、人が殺されちゃったって ・・・・・・ 」

末葉の一言に途端に表情をなくし、了は頷くだけで言葉を発する事をせずに末葉の声に耳を傾ける。

「 この間も殺されてたでしょ。 ・・・・・・ 凄く、酷い殺し方だったって。 犯人、まだ見つかってないって。 ・・・・・・ 今日のニュースの犯人と、同じ人なのかな 」

不安に揺れる大きな藤色の瞳に見上げられて了は表情を歪め、同時に末葉に判らない様に、強く拳を握りしめる。

末葉の口から出た死者は全て、彼自身が己の手で裁いてきた者。 だが、その真実を彼女に話せる訳がない。 たとえ、彼女の中に入っているモノは知っていても、今の彼女は知らない。 どう話を続けたらいいものか迷っているそこへ、救いの手を差し伸べるように明るい声が飛び込んで来た。

「 リョウ! それに末葉サン、オハヨー 」

声に振り向けば、まるで了とは正反対の容姿の、自称彼の親友、がそこに立っていた。

「 おはよう、ハジメ 」

「 ハジメくん、おはよう 」

お互いの短い挨拶が交わされると、途端に元の表情が笑顔から真剣なものへと変わり、了へ顔を寄せる。 ちらと周囲を伺って、声をひそめて一言。

「 リョウ、今日のニュース見たかよ?」

当然と言えば当然の、けれど了にとっては触れられたくない話題を出され、挨拶と同時にわずかに浮かんだ笑みが消失する。 隣を歩く末葉も身体を強張らせたのが、了には分かった。

「 やっぱ、無差別連続殺人って奴だと思うか? 」

「 ハジメ ・・・・・・ あのさ 」

「 どっかの局のワイドショーは痴情のもつれだの怨恨だの何だのって議論してて、どっかのスポーツ新聞には面白半分だろうけど、『 狂気に取り憑かれた死刑執行人だ 』 なんて書かれてたけどよ。 ・・・・・・ そう言うのって、結構気楽なモンだよな? そう思わね?」

「 え?」

元も当然、殺人を犯した者に対してを口にすると思っていた了は、思いがけぬ方へ向かった話に首を傾げて元を見やった。 だが、ちょうど車道を挟んだ向かい側に友人の姿でも見つけたのか、元は了が振り向くと同時にそちらに向かって手を振り、了には元の横顔だけが映る。

屈託のない笑顔が浮かび、そうかと思えば相手が投げつけた言葉に肩を竦め、冗談めかして怯える。 その顔はとても眩しく見え、了はわずかの羨望に目を細めた。 しかし、隣を歩く末葉の沈んだ表情が、了に対し、そんな表情を見せる資格も羨む資格もないことを強く自覚させる。 了の両手が、誰よりも重く酷く残虐な罪と血にまみれていることを、思い知らせる。

そんな了の心の内を見透かしたかのように、再び了を視界に収めた時の元の顔は仄かに哀しげな笑みに彩られていた。

そして、強く心を抉る。

「 オレさ、殺された奴 ・・・・・・ 知ってんだ 」

囁くように告げられた言葉に、思わず足が止まっていた。

── 誰ヲ 殺シタ? ──

「 ・・・・・・ リョウ?」

「 了ちゃん?」

かけられた二色の声に我に返れば、数歩進んだところで末葉と元が了に視線を向けていた。 二人共、了が突然立ち止まったことに首を傾げて、特に末葉には元の声が届かなかったのだろう、きょとんとした顔で了を見つめていた。 それに安堵を覚える間もなく、了は慌てて言い繕う。

「 あ ・・・・・・ ごめん。 あんまり驚いて ・・・・・・ その 」

二人に駆け寄ったところで、元の明るい苦笑が重なった。

「 あ~、わりぃ。 オレの言い方もまずかった 」

「 ハジメ?」

「 いやぁ~知ってるっても、血縁って訳でも親しかった訳でもねえんだ、ソイツ 」

了を挟んだ向かいを歩く末葉を気にかけた様子で、再び了の耳元で彼に向かってだけ告げられる。 その事に気づいて了が元を見やれば、彼は了の言いたいことが分かるように小さく肩を竦めた。

「 ダメだろ、末葉サン。 ちょっと、迂闊だった 」

素直に頷けば、名を呼ばれたことに、末葉が了の影からちょこんと顔を覗かせる。

「 ハジメくん? わたしのこと、呼んだ?」

愛らしい瞳は、何気ない風を装ってもどこか暗い色を湛えて不安げに揺れている。 口には出さないが、元の口から事件の話題が出て来ることを恐がっていることは明らかで、元はことさら明るく笑って末葉に頷いた。

「 うん、呼んだ。 ゴメンって話 」

「 え? どうして謝るの?」

案の定末葉はきょとんとして、了はそんな彼女に苦笑する。 しかし、元はまるで気にする様子なく、通学鞄の中から買い物袋に入れられた品を一つ、ずいと末葉に差し出した。

「 だから、お詫びに末葉サンに進呈~。 今日発売の、激旨まろやか濃厚プリン。 俺の超絶賛お薦め品 」

「 わあ!」

「 ・・・・・・ 今日発売なのに、お薦めなの?」

ぱっと笑みを広げた末葉の隣で、了は冷静に元に疑問を投げた。 元はそんな了の言葉に大袈裟な身振りで至極残念だとの感情を表現すると、了の手にもぽとりと同じプリンを落とす。

「 甘い甘い! 甘いぜ、リョウ~。 オレのプリンへの愛を、オマエ分かってねぇな~ 」

「 もう、食べたんだ 」

「 あったりまえよ! オレのプリンへの愛は、化学の実験への愛よりもひたすら一途! そして熱い! つーか、比べらんね~?」

だからオマエも食ってみろよ。 むしろ食え。 相変わらず、マイペースと言うのか強引と言うのか。 小さい容器の割になぜだかとてもずっしりとした重みのあるプリンを、了は困ったように見やってしばし黙考し、諦めたように鞄の中にしまった。

一方、隣を歩く末葉は、先程とは打って変わった笑顔で嬉しそうにプリンを眺めている。

「 ありがとう、ハジメくん!」

「 いやいや~。 是非とも、食べたら感想ヨロシク~! 因みにコレ、そこの駅前のコンビニで売ってるヤツ 」

暗に、気に入ったら是非とも買って広めてくれとの言を含めて掲げた買い物袋に印字された文字を指差せば、了はその中に六個はくだらない同じものが入っているのを目撃して呆れた。

「 ・・・・・・ ハジメ ・・・・・・ それ、全部自分で食べるの?」

「 いや~。 二つはオレのだけど、残りは化学部の連中への贈呈品 」

「 部活の時間まで常温だったら、悪くならないかな?」

「 そんなことね~ぜ。 部室に冷蔵庫があるんだよ。 だから、了と末葉サンは学校ついたら即食ってくれよ~ 」

嬉々としてプリンを語る元に、末葉は明るさを取り戻して大きく頷く。 末葉の笑顔に、了も無意識の内に顔が綻んでいた。 その了の視界に、ふと見知った人の姿が入る。 了は大事そうにプリンを鞄にしまう末葉に、半ば反射的に声をかけていた。

「 末葉。 あの子 ・・・・・・ 友達、だよね?」

「 友達?」

「 ほら、あそこ 」

指差す先には十字路があり、歩道橋を渡る人の中には多くの制服を着た女子生徒の姿がある。 その中の一人、大人しく控えめな雰囲気の少女が、彼女もこちらに気づいたのだろう小さく手を振る様が見えた。 途端に末葉が了を追い越して、彼を振り返って笑う。

「 教えてくれてありがとう、了ちゃん。 わたし、詩歩ちゃんと一緒に行くね 」

「 うん。 気をつけて 」

「 末葉サン、またな~!」

「 ハジメくんも、またね 」

手を振り、ぱたぱたと友人の元へ駆けていく末葉の後ろ姿を見送って、了は小さく息を吐き出した。 それが合図だったかのように末葉へ向けた穏やかな表情はなりをひそめ、無表情に近いものが顔面を漂う。 元も一瞬前の明るさが見事に失せて、二人の間を沈黙が抜けた。

何人もの生徒が二人を追い越していき、楽しく弾む会話が近づいては遠ざかる。 誰も、二人に声をかける者はいない。 そこで、了が沈黙を絶った。

「 ハジメ。 末葉の前であの殺人事件のことは、もう言わないで。 末葉 ・・・・・・ 凄く恐がってるから 」

「 そうだな。 それはオレが悪かった。 今日のはさ、知ってるヤツだったから ・・・・・・ 平気だと思ったけど、オレ、実は結構動揺してたみたいだ 」

わずかに自嘲気味に笑んで、続ける。

「 ホント、そんな気に留めるようなヤツじゃなかったんだけどな~。 死んだヤツを悪く言うのも何だけど、ソイツが死んで喜ぶ人や安心する人がいこそすれ、哀しむ人なんか、多分、片手もいらないんじゃないかってヤツで 」

万引き、無免許運転、暴力沙汰、強姦、麻薬の売買、恐喝、暴走行為 ── 数え上げればきりがない程、大小問わず犯罪に手を染めてきた。 人間の屑だと罵られ、そんな彼の行動に両親は離婚、父親は彼以外の子供を引き取り今は居場所すら分からず、母親は世間の非難に晒されて自殺。

淡々と告げる元は、けれど言う程嫌そうな顔ではなく、言葉の響きもとても懐かしく親しく。 了は耐えられずに元を視界の外に閉め出した。

「 俺より七つ離れてたかな~? オレ、今はこんなでも、小学校の高学年とか中学生の時はすっげ~荒れてて、そう言う連中と繋がりがあってさ 」

「 ・・・・・・ そこで、知り合ったんだ 」

「 そ。 隣町の族仕切ってて、恥ずかしながら、ソイツのことカッコイイな~とか、そン時のオレは思ってたわけよ 」

「 憧れ ・・・・・・ だった?」

言葉に対する返答は、照れを含んだ小さな笑い声。 了の胸に、小さな棘が突き刺さる。

「 ・・・・・・ 今でも?」

「 ん~どうだろうな。 でも、ソイツが殺されたって知った時、殺したヤツを少しだけ憎く思ったのは事実かな。 ・・・・・・ どんなに屑なヤツでも、ソイツの命を勝手に終わらせる権利なんか誰にもねぇだろ?」

不意に、元の声が低くなる。 そらしていた顔を向ければ、元の横顔は珍しく険しく歪んでいた。

「 リョウ。 ソイツがどんな殺され方してたか ・・・・・・ オマエ、知ってるか?」

「 ハジ ── 」

「 身体、くまなく刃物で傷つけられて、首、斬られて。 しかも、両眼は抉られて、舌引っこ抜かれて、耳も鼻もそげ落とされて ・・・・・・! そんで、発見された時ソイツの両手、どうなってたと思う?」

── 云ワナイデ ──

「 血塗れでずたずたにされてんのに、胸の前で組んでたんだぜ? 命乞いするみたいに。 骨、どこもかしこもぼきぼきに折られてんのに、無理矢理 ── 」

「 ── ハジメ!!」

無意識に叫んでいた。 元の腕をつかみ、懇願するように顔を歪めて了は元を見上げる。

── ナニソレ? モシカシテ命乞イ? イマサラ? ──

── ユル ・・・・・・ シテ クダ サイ ──

── ソレデ赦シテモラエルト オモッテルノ? ──

── アンタ 莫迦? ──

壱架の、男の、自分の声がこだまする。

「 リョ ・・・・・・ ウ?」

「 も、う。 分かった ・・・・・・ から。 それ以上は ・・・・・・ 」

── 云ワナイデ ──

思わず必死に訴えていた。 これ以上、元の口から昨夜の自分の行為を語られたくない。

「 あ ・・・・・・ ああ、うん。 わりぃ、リョウ 」

「 俺も ・・・・・・ ごめん。 いきなり ・・・・・・ 」

慌てて腕を放し元の隣に並んで謝れば、元も頭を掻いて苦笑いを見せた。 が、ふっと笑みを収めると、元はこれでしまいだとでも言うように、低く小さな声で独白するように言葉を紡ぐ。

「 ・・・・・・ でもさ。 殺したヤツ ・・・・・・ どう言う理由があって殺ったのかは分かんねーけど、狂ってるよ。 人間じゃねぇ。 あんなの、まともな人間が出来ることじゃねぇよ、絶対 ・・・・・・ 」

── 誰ガ 殺シタ? ──

言葉が、胸に、刺さる。

「 人間の屑で人間の汚点で、それでも法が裁かねぇから代わりに処刑でもしたつもりだったりしてな? ・・・・・・ 笑いながら殺してたら、ぞっとしねぇ 」

元の背中が、遠ざかる。 足が、まるでそこに張りついてしまったかのように重く、動かない。 手を差し伸ばしても指先は空をかき、元にちらとも掠らなかった。

遠ざかっていく ── それは、なぜだかとても哀しくて、苦しくて。

末葉の時とは違った絶望を、知った気がした。

── 「 」 は、気狂いの死刑執行人 ──?

Mad×Executioner

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WebClap
いいんじゃない?いいねいいよいいよーGJ !最高 !!
Date
2006-06-06 02:32
Category
original / 『 Contract×Killer 』 / 小説 / 本編
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